姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 歴史的な米朝首脳会談から3カ月。「非核化が先か」「朝鮮戦争の終結が先か」で米朝関係は足踏みし、首脳間の合意の履行については悲観的な見通しが台頭しています。さらには、トランプ大統領の個人的な資質や政権の指導力にも疑問符がつき、米朝首脳会談の合意そのものを失敗と断じる見方が日米に根強くあります。

 ですが、私は米朝首脳会談を評価しています。これまで朝鮮半島の非核化がうまくいかなかったのは、北朝鮮の対応に多くの責任があるとはいえ、米側がとってきた「戦略的忍耐」という名の「現状維持(ステータス・クオ)」の基本戦略にも問題がありました。米側は北朝鮮とトップ会談をしないままボトムアップで解決を図ろうとしてきました。米朝の非対称的な関係を堅持したまま非核化の進展を交渉の前提条件にしていたため、北朝鮮の核とミサイル開発を傍観することになったのです。こうした「戦略的忍耐」を覆し、米朝首脳会談に持ち込んだトランプ大統領の決断が、膠着を打破するブレークスルーになったのです。

 もちろん米朝首脳会談は非核化に向けた具体的な各論がない合意であるため、今後の交渉でその内容を詰めていく必要はあります。ただ、誤解してならないのは、米朝首脳会談のキモは平和と繁栄に裏付けられた米朝の新しい関係の樹立であり、そのために恒久的な平和体制が必要なこと、それを達成するために朝鮮半島の非核化が達成されなければならないというロジックになっていることです。

 つまり「戦略的対話」を通じ、双方が段階的に実行に移し、最終的なゴールに近づくという首脳同士の合意こそが米朝首脳会談の核心なのです。もっともトランプ大統領が今後も安定した政権運営をできるのか、また北朝鮮の軍内部が「戦略的対話」に一致して真摯に対応するのかなど気がかりな点は残ります。それでも懸念された北朝鮮の建国70 周年の軍事パレードが予想よりも抑制的なトーンで終わったことは好材料でした。

 いずれにせよ、今月には3回目となる南北首脳会談や国連での米韓首脳会談が予定されており、「戦略的対話」の真価が問われることになるでしょう。

AERA 2018年9月24日号