『歪んだ波紋』は、メディアを舞台に「誤報」がもたらす人間の悪意や弱さ、真実を求める心意気を五つの物語で描いた連作短編小説集だ。今回は著者の塩田武士さんに、同著に込めた思いを聞く。
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<相賀はまた、この昭和末期の一九八四年という年について考えた。特に地方ではテレビなど出る幕はなく、新聞こそ報道だという気概があった><政治、経済の中心が東京にある以上、大阪では社会部が花形であり、中でも垣内は事件記者のエースとして存在感を発揮していた>(「共犯者」から)
グリコ・森永事件を素材に丹念な取材と大胆な着想で大きな反響を呼んだ長編小説『罪の声』から2年、塩田武士さんの新作は連作短編小説集で、新聞、テレビ、週刊誌などメディアを舞台に五つのドラマが展開する。キーワードは「誤報」と「真実」である。まず注目したいのは「黒い依頼」「共犯者」「ゼロの影」「Dの微笑」「歪んだ波紋」と、各短編のタイトルが松本清張を想起させることだ。
「学生の時から松本清張や山崎豊子の小説はよく読んでいました。共通するのは戦争を背負っていることですが、今の時代、僕が書くとすればテーマは情報ではないか。新聞記者を辞めてから調査報道の重要性にあらためて気づき、そのなかで誤報という問題を分解して示すことで社会の断片を見せることができるかもしれないと考えました」
情報戦の中で隠された真実、浮かび上がる悪意、翻弄される記者たち。現実に起きた事件がいくつも織り込まれた社会派サスペンスとしても読むことができるが、魅力的なのは過去や弱さを抱えたキャラクターや心理描写の冴えである。そこには社会部記者としての経験も投影されている。
「政治部や経済部というのはシステム、社会部はじかに人間が入る。特に関西のジャーナリズムは社会部で勝負するしかない。そういう意味では社会部の世界は大衆小説と親和性がある。僕らより上の世代は取材対象との距離がもっと近かったし、濃密な取材ができた。そんな気骨ある人たちも小説に投入しています」
幼少期は母親が、松本清張や森村誠一の小説を読み聞かせたという。高校時代は漫才師を目指してコンテストにも出た。その資質は新聞記者を経由して小説家に結実した。
「フェイクニュースが拡散して思考停止になっているこの時代、大切なのは考えることだろうと。虚実を隔てる壁をいったん道にして、読者がその真ん中を歩いてゆけるというのが僕の小説のイメージ。エンタメと社会派の両方を書き続けていきたいですね」
エンタメ小説とジャーナリスト魂の融合。存分に堪能したい。(ライター・田沢竜次)
※AERA 2018年9月10日号