政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。
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トルコと米国との関係が抜き差しならない状況に陥っています。それによってトルコの通貨リラが急落しました。
一方でトルコは、イランと蜜月関係を築いています。そもそもイランとトルコはイスラム教でも宗派の違いがあり、オスマントルコ帝国とサファビー朝ペルシアの時代から、ずっと天敵のような間柄でした。しかしシリア問題が絡み、さらにはロシアがトルコとイランの“ある種”のサポーターとなりつつあることから、新しい枢軸が完成されかねないという現実が迫っているのです。
さらに深刻な問題なのはトルコの対応次第でヨーロッパ、特にEUに危機が訪れるということです。シリア難民をなんとかコントロールしているのはトルコです。わかりやすくいうとヨーロッパ側がトルコにお金を出して、難民が直接ヨーロッパの国々に来られないようにしているのです。もしもトルコが担う「防波堤」としての役割が崩れると、難民がヨーロッパに押し寄せてくることになります。今後、今以上に国際情勢が悪くなれば、トルコが難民問題を交渉材料にする可能性もゼロではないでしょう。
EUの多くの国では、主要政党の主張が右寄りか左寄りかにかかわらず、難民を排除したり、流入を制限したりする流れが強まっています。そんな中、スペインは難民を数多く受け入れています。スペインはトルコ向け債権をEU諸国の中で最も多く抱えていますから、今後トルコの財政が悪化してその債権が焦げついたら、大きな経済的打撃は避けられません。さらに、トルコのコントロールが外れて難民が押し寄せた場合、経済的打撃と相まって、難民に比較的寛容なスペインでも極右政党が台頭し、反移民、反難民感情が噴出するかもしれません。
新興国の通貨暴落は、日本にも飛び火する可能性があります。また、トルコやイランはこれまで親日国でしたが、日本がこのまま米国との関係ばかりを優先させ続けていると、今後両国との関係が悪化するおそれもあるでしょう。日本にとってもトルコ情勢は対岸の火事ではないのです。そういうことも含めて、私たちはトルコ問題を注視していかなければなりません。
※AERA 2018年9月10日号