成人の5人に1人が孤独を感じているとされる英国。民間任せだった孤独対策を国の問題として捉え、対策に乗り出した。「孤独担当大臣(Minister for Loneliness)」を設置し、年内の国レベルの戦略立案をめざしている。
「あまりに多くの人にとって、孤独は現代の生活の悲しい現実だ。社会が抱えるこの課題に私は立ち向かう」
1月、孤独担当大臣の創設を発表したメイ首相は、こう宣言した。初代大臣には、デジタル・文化・メディア・スポーツ省のトレイシー・クラウチ政務次官(43)を任命した。
レールはすでに敷かれていた。立役者は労働党のジョー・コックス議員(享年41)だ。
議員になった暁には女性の権利保護やシリア紛争の解決に取り組みたい。希望を胸に抱き、英中部の地元で戸別訪問していたコックス氏は、次第に足元の問題の深刻さに気づく。表戸が開くことはめったになかった。週1回のボランティアの訪問以外は誰とも話さないという人もいた。
「年齢に関係なく孤独は襲ってくる。多くの人が無視されたまま孤独な生活を送る国には住みたくない」。2015年に初当選すると、さっそく孤独対策を検討する超党派の委員会を立ち上げた。だが翌年、英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票の直前、極右の男に射殺された。事件の衝撃とともに活動が注目され、遺志を継ぐ機運が高まった。委員会は、国レベルの戦略の必要性と対策を指揮する大臣の設置を政府に訴える報告書を昨年末に提出。メイ首相はすぐにこれに応じた。
孤独大臣設置のニュースは世界を駆け巡り「大臣が本当に必要なのはうちの国では?」との議論が先進国の間で広がった。
「先進国では、どこも似たような状況でしょう。ただ、英国では孤独が深刻な問題だと受け止められているということです」
コックス氏が設立した委員会の委員で、英国赤十字で孤独対策の責任者を務めるオリビア・フィールドさん(29)は言う。
英国では、コックス氏らの活動を通じ「孤独は体に悪い」という認識が浸透している。ある調査では、孤独の健康被害はたばこを1日15本吸うのと同等で、肥満よりも深刻だとされる。孤独が原因の体調不良による従業員の欠勤や生産性の低下で、英国の雇用主は年25億ポンド(約3560億円)の損失を被っているとの調査もある。
孤独の実害が理解され、担当大臣の設置はおおむね好意的に受け止められている。ただ、政府は孤独対策をアピールする一方で、財政緊縮策により、地方の子育て支援施設やDV被害者の保護施設、図書館などを大量閉鎖に追い込んでいる。これらの施設が孤独の軽減に果たしてきたであろう役割は軽視していることや、多岐にわたる担当を持つ若手議員に大臣を兼務させていることから、政府の本気度を疑問視する声もある。
期待半分で動き出した政府の孤独対策は、6月になってようやく姿を見せ始めた。クラウチ氏の下に各省庁の政務次官らを集めて対策チームを設置し、地域で孤独になるリスクの高い高齢者や若者らを支援するNPOなどを対象に総額2千万ポンド(約29億円)を補助すると発表。孤独の予防や軽減に有効だった活動、効果がなかった活動を調べ、近く結果を公表する。
世界でも珍しい切り口の取り組みは成功するのか。判断するのはまだ早いが「みんなが孤独体験をよりオープンに話すようになった」(フィールドさん)のは収穫といえるかもしれない。(朝日新聞ヨーロッパ総局員・下司佳代子)
※AERA 2018年9月3日号より抜粋