内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数
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非常時に生き延びるための知恵を何も教えていない(※写真はイメージ)
非常時に生き延びるための知恵を何も教えていない(※写真はイメージ)

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

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 大阪の地震で神戸もずいぶん揺れた。その日は会う人ごとに「あの時」の話になった。思い出すのは、「大変なことが起きた」と思って、すぐに「非常時モード」に切り替えた人は意外に少なく、かなりの多くの人が日常生活を続けようとしたことである。災害を過小評価する「正常性バイアス」が働いたのである。

 私は芦屋で被災した。地震の直後は何が起きたのか誰も正確なことを知らなかった。家に無事を伝えるために公衆電話の列に並んだが、私の前にいた女性は会社に「少し遅れます」と伝えていた。それを聞いて、「生きてます」と伝えるために列に並んでいた自分の逆上ぶりが恥ずかしくなった。その時、トラックが停車して、電話の横を歩いていた通勤姿のサラリーマンに向かって「駅ないよ」と伝えているのが聞こえた。何があったのか知るためにバイクで駅まで下りてみた。芦屋駅は屋根が崩落し、駅の南北ではビルが倒壊して道路を塞いでいた。超現実的な風景だった。

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