むしろ、精神的にグッとくるのは復帰週でした。いよいよ復帰できる、といううれしい気持ちに混ざって、「また同じことがあるかもしれない」という恐怖心が湧き上がってくる。でも、けがを何回も重ねると「また起こっても、そのときも同じように大丈夫なはずだ」と思えるようになりました。この10年でかなりメンタルが強くなった気がします。
――福永さんは、JRAの騎手として歴代4位となる通算2636勝という記録を打ち立てました。松尾さんがベストレースをひとつ挙げるとすればどのレースですか。
やはり、初めて勝った日本ダービーですね(18年、ワグネリアンに騎乗)。20回以上は見返したと思います(笑)。このときは金子真人オーナーの馬なのですが、その数年前に金子オーナーとはハワイのマウイ島でお会いしていたんです。家族ぐるみですごく仲良くしていただいて、金子オーナーも奥さまも、人としてとても器が大きく、すてきで、大好きなお二人なんです。帰国後もご自宅に遊びに行かせていただいたりして、本当に仲良くしてもらいました。だから、「もし金子オーナーの馬でダービーを勝って、大好きな人たちと喜びを分かち合えたら、こんなに素晴らしいことはないよね」ってよく夫とも話していたんです。そんなことが実現したら本当にドラマみたいだし、マウイ島で出会ったことも運命かもしれない、壮大なドラマすぎて信じられないね、ってことを冗談交じりで言っていました。
でも、そのダービーではまさかの大外枠でした。ダービーで大外は絶対的に不利といわれている枠。夫と私は京都・河原町のコッペパン屋さんにいたのですが、大外に決まったと聞いて「わあ」ってまずビックリして。でも、「これで勝ったら本当にすごいよ、ドラマだよ」って話していました。
そうしたいろんなことが重なって、念願だったダービーを勝つことができた。その瞬間は、本当に自分でもドラマを見ているような気持ちでした。
(聞き手/AERA dot.編集部・作田裕史)
※後編<松尾翠さんだけが知る夫・福永祐一氏の素顔 トップジョッキーらしからぬ家での行動とは?>に続く
◎松尾翠(まつお・みどり)
1983年生まれ。元フジテレビアナウンサー。「森田一義アワー 笑っていいとも!」「めざましどようび」など多くの番組で活躍した後、2013年にフリーアナウンサーへ転向。同年にJRAの福永祐一騎手(当時)と結婚し、現在は3児の母。京都在住。出産後、体験型の書店「SENSE OF WONDER」を設立。選書、イベント、執筆に加え、オンラインショップでおすすめ本の販売も行っている。