夫が騎手を引退して解放されたことがひとつあります。土日の“緊急コール”です。小さいものでも落馬事故があると、すぐに騎手クラブから電話が入るシステムになっています。だからテレビでレースを見られないタイミングで携帯が光ると「何かあったのかな」といつもドキッとしていました。だから土日はどこかでずっと気を張っている状態で、電話が鳴ると体がキュッと反応してしまう。毎週の土日にその緊張感がなくなったことは大きな変化です。
――福永さんは、天才ジョッキーと呼ばれた父・洋一さんが落馬で大けがを負いジョッキーを引退したのを間近で見ています。また福永さん自身も1999年に落馬事故があり、左腎臓摘出という重傷を負いました。心配も大きかったと思います。
そうですね、だから常に落馬のことは頭の片隅にありました。お義父さんだけでなく、実は、お義母さんの弟さんも落馬で大きなけがをしています。騎手の引退が決まり、調教師試験にも受かった後のレースで落馬してしまい、短期記憶が持てないほどのダメージを負ってしまったのです。身内に2人も落馬事故で後遺症を負った方がいるなかで、果たして、夫は五体満足でジョッキー人生を終えることはできるのだろうかと考えたこともあります。どこかでずっと不安はありました。でも、それで私が「早くやめてほしい」と思うのかといえば、それはない。彼はどれだけリスクがあっても、騎手で生きていく道を選んで頑張っているのだから、私はそれを見守るしかないという気持ちでした。
――松尾さんと結婚後の2015年10月にも福永さんは落馬で右肩のじん帯断裂、右胸骨骨折という大けがを負ってしまいました。このときは、どんな心境でしたか。
逆にこのときは「私の出番だ」と気持ちを切り替えました。もちろん第一報を聞いた際は「あ、きた……」と思いましたが、すぐに治療からリハビリまでの情報収集を始めていました。本人が落ち着いてからは、どこを目指して復帰したいのかも聞いてリハビリなどの計画を立てました。いざとなったら、もうやるしかないから意外と動けるものなんですよね。