例えば、ミヒャエル・ハネケ監督(76)の「ハッピーエンド」。オストルンド監督が「ザ・スクエア」と類似のテーマ性を感じると話すこの映画は、スマホの撮影画面から始まる。撮影しているのは13歳の少女だ。遠くに自身の母親が映る画像を、少女はSNSにアップ。続いて、ハムスターに薬を盛る映像と共に、「母親も静かにさせた」と書き込んだ──。
ハネケ監督がこの映画を構想したきっかけは、2005年に日本で起きた「タリウム事件」。少女が母親に毒物を飲ませ、その変化をネットに書き込んでいたという事件だ。だが、映画は事件を追うわけではない。描かれるのは、少女が身を寄せる父方の実家の裕福な暮らし、そこに流れる冷え切った空気、移民労働者との格差などだ。
もう一人、オストルンド監督が名前を挙げたのは、「鬼才」と呼ばれるヨルゴス・ランティモス監督(44)。前作「ロブスター」では、「独身でいる人間は動物に変えられてしまう」という奇想天外なルールの世界を描き、現代を鋭くえぐりだした。
最新作「聖なる鹿殺し」は、裕福な心臓外科医が主人公。美しい妻と2人の子に囲まれる彼には、気にかけている少年がいる。主人公が施した手術の最中に亡くなった男性の息子だ。誕生日にはプレゼントを買い、家に招待する。だが、そこから少年の復讐(ふくしゅう)が始まり、主人公は家族の誰かを「いけにえ」にしなければならないという究極の選択を迫られる。不条理と不穏のなかで、人間の「性(さが)」とも言うべきものが暴かれていく。