2007年に長女・えみるさんを交通事故で亡くし、その翌年に、長男を死産。2年続けて我が子を天国に見送った風見しんごさんが、前を向いていられるのは、亡き2人のお陰だと、書籍『産声のない天使たち』(朝日新聞出版)で語った。その一部を紹介する。
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長女のえみるが交通事故で亡くなった翌年のことです。「こころ」と名付けて、家族で誕生を心待ちにしていた長男が、妻のおなかの中で亡くなりました。まもなく妊娠9カ月の頃でした。
その数日前に、病院でこころのおなかに腹水がたまっていると告げられ、妻は胎動に気をつけていました。胎動がなくなり、妻は病院へ向かい、エコーで調べると、すでにこころの心臓は止まっていたそうです。
連絡を受け、仕事先から病院へ駆けつけると、それまで気丈にふるまっていた妻が泣きだしました。「ごめんね、ごめんね」と。僕は「謝ることじゃないよ」「うちはみんなで寄り添って生きていくしかないんだから」と言うのが精いっぱいだった。
僕は泣き崩れるわけにはいかなかったけれど、なんで2年続けて我が子を天国に見送らなければいけないんだろう、と漆黒の闇の中に突き落とされた感じがしました。でも、(帝王切開などでなく)妻が自分でこころを産むと決めたとき、自分も「暗闇にいる」なんて思っている場合じゃないと思った。妻が、苦しくても一緒にがんばりたい、親として最後にちゃんと産んであげたいと思っているのが痛いほどわかったからです。
妻は痛みに叫び声を上げながら、泣かないこころを出産しました。出産後に対面したこころは、まるで眠っているみたいでした。妻は、最初こそ泣いていたけど、優しい顔で抱きしめていました。僕も抱きしめました。愛おしければ愛おしいほど、「ああ、おまえも逝っちゃったか」と切なくなりました。妻は僕の何十倍、何百倍も愛おしさを感じていたと思います。
実は、こころはダウン症と診断を受けていたため、不安もあったんです。でも、主治医は「このお子さんはきっとお二人に福を運んで来てくれますよ」とおっしゃった。嬉しい言葉でした。えみるを失って、命の大切さをよくわかっている僕たちには、産まないという選択肢はまったくありませんでした。
わが子の臓器が5人を支えている 脳死下臓器提供を経験した家族が、いま願うこと