●原始的で素朴な宗教観が浮き彫りになった
ロイド パリー:確かにイギリスには霊や超常現象の話がたくさんあります。そして、信じている人もいれば、いない人も。私は信じていない側の人間です。イギリスと日本で違うのは、ゴーストのとらえ方です。イギリスでは現世とは違う稀な経験をしたというだけです。しかし、日本ではゴースト、とくに祖先の霊については、日常生活に「いる」のが当たり前です。震災前、私は祖先の霊を祭るのは単なる慣習と思っていましたが、そうではなかった。日本では、祖先の霊が日常生活に溶け込み、生き続けているのです。
金菱:唐桑のように魂をあの世に送るのは仏教的風習の典型です。ところが、石巻市のタクシー運転手たちが見たという幽霊の話は、その範疇に収まらない。運転手たちはまた幽霊に会うことがあったら、「乗せてあげる」と言うのです。怖いイメージを覆すやさしい幽霊観とでも言いますか。従来の仏教的な概念だけで震災を把握していいのか、という疑問がわきました。制度化されていない原始的で素朴な宗教観が東日本大震災によって浮き彫りにされたのではないかと見ています。
ロイド パリー:私は震災前から東北のことは知っていましたし、執筆のために歴史や文化も調べましたが、震災に対して東北独特の反応や対処の仕方があったのではないでしょうか。違う地域で震災が起きていたら、死者への対応が違ったのではと思うのですが。
金菱:そこは慎重に考えたい部分です。関東大震災や東京大空襲では、霊が出なかったという報告があります。ただ、そうした調査が少ないため、東北だけ霊が出るとは断定しにくいんです。私は、従来の枠組みで考えることは、見えやすいものだけを見ている可能性があると思っています。
ロイド パリー:民俗学の赤坂憲雄先生は、東北は東京の植民地のような存在とおっしゃっています。原発事故でいえば、東京は電力という利益を享受し、福島は事故のリスクを負うというようなことです。東北の人には、自分たちが東京の植民地的に扱われているという怒り、あるいは首都圏を支えているという意識はあるのでしょうか。
●「東京の二枚舌」に対する東北の不満
金菱:狭義でいえば、「東京の二枚舌」に対する不満はあると思います。2020年の東京オリンピックを復興の象徴と言っていますが、現実には東京の建設ラッシュで資材価格が高騰し、被災地の復興は遅れています。ただ、東北も広いので一括りにはできません。また、東京より、住民の流入が増え、経済的にも豊かな仙台市の一人勝ちという意識のほうが強いと思います。
ロイド パリー:なるほど。英語版の読者の疑問をもう一つ挙げると、「なぜ大川小学校のようなことが起こるのか、日本人はマニュアルに従うだけで、指導力のある人はいないのか」ということです。日本人のステレオタイプ的な見方ですし、私は「そういうことが起きたのは大川小学校だけだ」と説明しています。また、かつて自由民権運動家で陸奥国栗原郡(現栗原市)出身の千葉卓三郎が明治政府に対抗する形で「五日市憲法」を作りましたが、私は大川小学校の遺族の中に、卓三郎のような権力に対する独立の気概を見ました。東北の人には、村社会の保守的な意識と権力に対する気概が共存しているのではないかと感じたのですが。
金菱:難しい質問ですね。私は社会的な問題に焦点を当てることはむしろ避けてきました。私たちはご遺族に亡くなった人宛ての手紙を書いてもらった『悲愛』や新刊の『私の夢まで~』のように亡くなった人との夢を語ってもらったり、ナイーブな内面を探ったりしているからです。不思議なことに、そうした心の吐露には、社会への怒りは一切、出てこない。亡くなった人が夢の中で死の引き金になった原因を追及し、怒りをあらわにすることもありません。