売上を着実に伸ばしている旭酒造は、16年からニューヨーク蔵の計画を始めていた。17年にはアメリカ合衆国の料理学校、カリナリー・インスティテュート・オブ・アメリカ(CIA)と提携して酒蔵を建築することを発表。当初の予定では19年にニューヨーク蔵は完成するはずだったがコロナ禍もあり、今年3月にようやくニューヨーク州に完成させた。それに伴い、会長の桜井さんがニューヨークに移住することになる。
「やはり現地に行かないとわからないことがありますからね。誰かが行かないといけない。だから僕が行くんです」
優秀な経営者であれば日本にいて遠隔操作ができるだろうが、自分にはそれができないと自身を卑下する。だが、桜井さんが優秀な経営者であるからこそ今日の獺祭はあると、断言できるだろう。
■現状維持は後退、逆境こそチャンス
海外進出を表明して7年、この間にニューヨーク蔵を断念してしまおうと逡巡したこともあった。しかし、その思いを振り切ったのは、「現状維持は後退である」「逆境こそチャンス」という自分の信念だった。
「世界で日本酒をめぐる状況も楽観的ではない」と桜井さんは考えている。日本酒が世界で人気のように捉えられているが、まだまだだ。世界に出ていくにはやはり欧米に出なければならない。中でも、アメリカ最大の都市であるニューヨークだ。これから日本酒が生き乗っていくには小さな日本のマーケットだけでは先細りする……。
現在、アメリカでの日本酒の売上は酒市場の1%にも達しておらず、日本酒はほとんど知られていないと考えた方がいいと桜井さんは強調する。
「これが日本酒ですよと勧めてもおいしくなければ通用しません。世界で勝負するためには、おいしいお酒の製造を安定させる必要があるのです」
そのために日本酒をニューヨークで製造し、アメリカのマーケットにがっちり入っていきたい。ただ、一筋縄ではいかないのは重々承知している。