今、美術鑑賞を通して、作品について見えるものを語り、他者の意見を参考に観察を深める「対話型鑑賞」という取り組みが企業から注目を集めている。もともとはニューヨーク近代美術館(MoMA)で開発されたものだが、日本では京都造形芸術大学アートプロデュース学科が授業に導入し先導的役割を果たしている。
この対話型鑑賞を学生だけでなく学外にも広めるのがアート・コミュニケーション研究センターの目的だ。センター主催のセミナーを受講したのがきっかけで、14年に京都造形芸術大学の専任講師に就任したのは岡崎大輔。それまで鉄道会社の人事部で働いていたが、「対話型鑑賞を企業の社員研修でも広めていきたい」との思いから同センターに移ってきたという。
「前職時代にも研修を担当していましたが、講師が一方的に話をして社員は聞くだけの講義型研修ばかりでした。それには疑問を感じていました。そんな時に対話型鑑賞を知り、社員研修として広めたいと思いました」
と岡崎。とはいえ企業に聞き慣れない対話型鑑賞を説明しても、なかなか簡単には理解してもらえない。「最初の頃は、知り合いに声をかけて、なんとか研修に採用してもらうといった状態でした」という。
例えば、自動車用防振ゴム最大手の住友理工はそのうちの一社。同社の人事総務本部人材開発部の大橋潤が、岡崎と知り合いだった。大橋は採用した背景をこう説明する。
「当社は製造業なので、経験があればあるほど自分の答えを持っている人が多くて、部下の意見を聞かない傾向があります。双方向のコミュニケーションが苦手なんですね」
対話型鑑賞がどんな効果をあげたか。大橋は続ける
。
「対話型鑑賞は、相手の意見を聞いて考えを深めていくスタンスです。サイコロを一方向だけから見ていると、たとえば6しか見えていません。それが違う方向から見ている人の意見を聞けば、4も3もあることに気づきます。6だけでないことを知ることが、新しい発想につながる。そうした気づきは、仕事でも役立つはずです」