「リチャード・ブラウンがトロッタに『やりすぎだ。後半は、いい試合を』と言って、トロッタを殴ったんです」(小泉)
周囲はドン引き。後半の試合はいつもと違う緊張感が漂った。演出は、盛り上げるため、とわかっていても、選手には厄介な現実だった。
「プロレスのボディースラムの練習をしたり(笑)、演出過多になって、バンクの外から妨害されて歯を折った選手もいました。演出は多少はないとダメだとは思うけど、やりすぎは……」(ボンバーズの先輩女性スケーター・堀井由美子)
「テレビ収録のある日とない日とでは試合の流れが違うんです。収録のある日は日本用。アメリカでの試合で彼らのホームタウンなのに、彼らは悪役キャラを演じないといけないんです」(小泉)
「『バイ・カメラ!』、カメラに映るところでやれ、ってね。だけど収録がない日はホームタウンの選手が主役。私たちが抑えたらブーイングです(笑)」(堀井)
もう一つ、ボンバーズの選手にとって問題だったのが報酬。若手選手の報酬は少なすぎた。
「最初、僕らは1試合幾らという出場給だけで、僕は1試合3千円。おカネがなくて、バンクの設営をやらせてほしいと頼みましたが、やらせてもらえなくて。あれは、組んで(アップ)5千円、ばらして(ダウン)5千円。やりたかった」(小泉)
■「女王」の引退でTV人気に陰り
2軍選手の報酬に関して衝撃的な証言も……。
「2軍から試合に出ても俺は出場給をもらった記憶がない。アップダウンで1万円で、その額のほうが多かったからかもしれないけど……」
と言うのは小泉の親友、ロニーT。
「皆、バイトしてました。忙しくて、なかなか練習できなくて、片手間にローラーゲームやってる感じで、そりゃ選手になれるわけないよなぁ。小泉と僕ら仲のいい3人は最初、巣鴨駅前の雑貨屋で時給350円。賄いが出るって話だったけどパンで、若い頃だから足りなくて、すぐ辞めましたね(笑)」(ロニーT)
74年の夏、佐々木ヨーコが引退した。ローラーゲームの女王と呼ばれたスターが消えた影響は、すぐ表れる。観客動員数が減り、テレビ放送の視聴率も下がりだしたのだ。