「あの時さ、阿部が突然音を止めて議論を吹っかけてくるんだよ。君はなんで4度ばかり弾くんだとかさ」
阿部は、唇から血を流して店に現れたりしていた。若者たちが自分自身を顕微鏡に載せては実験を繰り返していたような時代。あらゆるジャンルでこういうことが起きた。そして演じる側も見る側も、激しい政治行動に関わっていた。サックス奏者が流した血は、政治的な衝突の結果だった。
闘う自分と聴きやすい「完全4度ばかり弾いてしまう」自分をパラレルに問う。あまりにダイレクトな問いかけだったから、多くが破綻した。それでも、二つの自分をつなぐ実験の価値は今も残っていると思う。この時代に起きたことを坂本はあまり語ってこなかった。それなのに、「あのときのテープは残っていないかな」とさらりと言う。
「日本はひどいでしょ。ネトウヨが200万人とか。フランスはどうにか持ちこたえたけど、5年後はルペンが大統領かもしれない。ドイツだって危ないよ」
怒りは深い。
●東京は音がよくない
──あの黄金のトランプタワーがズギューンと立っているニューヨークではどうなの?
アメリカではミュージシャンも反トランプだけど、コメディアンがすごい。もちろん道化を演じるプレジデントを知ってて、さらに道化師にしちゃう。それも毎日だよ。日本のお笑い芸人はどうなの。笑いの基本は権力をからかうことなのにねー。
──うーん。いいこと言ってる人たちもいるんだけどね。
東京というのは現実と触れ合っていないドームの中の世界。電気が来なければ止まる人工的ファンタジアだよ。だからファンタジーを持続させるために保守的になる。
──若い時は大きな変革を考えたけど、今はもう二枚どころか「三枚腰」くらいの動きが必要なんだよね。
そう。この流れを止めるならサンダースでもコービンでもいいんだ。3年前からまたマルクスを読んでる。そうやって先の先ぐらいを見ながら、三枚腰でいくしかないよ。
──東京の音はどう? この街の原住民の一人としては、ごみみたいな雑音を栄養に生きてきたんですが。
東京は音もよくないよ。ニューヨークさえ決まりきった音しか聞こえない。パリに行ったら、なぜかあそこの音はまだ魅力的だった。
映画には、坂本が森の奥に入っていく印象的な場面がある。
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