先の老人ホームのコンサートで伴奏を務めた門真帆さん(32)は、5歳からピアノをはじめ、音楽高校を卒業後パリに留学。4年間ピアノ漬けの毎日を過ごした。しかし、卒業後の進路は厳しかった。クラシックの本場の欧州で活躍できるのは、ほんの一握りだ。帰国後、実力のある人でも奏者だけで生計を立てるのは難しく、演奏家の道をあきらめ、地元の学校の音楽教諭やピアノ教室の講師などになる人も少なくないという。

「ピアノをうまく弾く技術だけでは食べていけない。営業力も必要」。パリでひたすら技術だけを磨いてきた門さんにとって、ショックな気づきだった。

 と、同時に、未来を切り開くきっかけにもなった。それからは、人脈づくりに東奔西走。そのなかで出会ったのが、アズアーティストの社長だった。

 最初の数年は、客の好みに合わせて演奏することに葛藤もあった。大衆的な曲の演奏は、奏者の間で「邪道」とみられることもある。だが、聴衆の生の反応に触れるうちに、「どうすればお客さんが求める演奏ができるか」を考えるのが楽しくなっていったという。
 生演奏の人気は、小規模グループにも広がっている。演奏家を自宅や仕事先などに「出前」するサービスだ。

 平日午後7時の東京・麻布。マンション内の一室に「ハッピーバースデー」のメロディーが流れた。バイオリン、フルート、チェロが奏でる生演奏。大学OBの納涼会での一コマだ。サプライズで誕生日を祝ってもらった丸橋裕史さん(37)は、「特別な経験だ」と顔をほころばせた。

 奏者は「会いに来るアーティスト」をコンセプトに、女性の音楽家だけが所属する「エル・マジェスタ」の音楽家たち。エル・マジェスタには現在、関東圏の約100人が所属している。ジャンルもさまざまだ。平均年齢は28歳。代表の阿部志織さん(31)は、音大卒の友人と話す中で、毎年1万人以上いる音大卒業生の直面する厳しい現実を知り、一人でも多くの才能を生かす場を作りたいと起業したという。奏者1人あたりの派遣価格は基本5万円プラス交通費と決して安くないが、利用者の8割がリピーターだという。

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