生活にアートを採り入れようと、美術館や芸術祭がにぎやかだ。もっともギャラリーの訪問はハードルが高く、未体験という人も少なくない。「鑑賞」から「購入」へ。その壁を越える時に必要なことは──。
東京・南青山の通りに面した一角。ガラス製の大きな引き戸越しに、大きな目をしたおかっぱ頭の少女と目が合った。現代美術家の渡部満さんの作品だ。通りかかる親子が中をチラ見しながら歩いていく。「ギャラリー玉英」は1年ほど前に銀座から引っ越してきた。主に国内外の現代美術を扱う画廊だ。
以前はビルの4階で、「よっぽど用事がないと入りにくい」立地だった。現在は通りに面しているため、「一見さんも多く来ます」と、画廊主の玉屋喜崇さん(46)は話す。
美術業界に20年以上身を置く玉屋さんだが、以前、新規で来店した40代とおぼしき男性実業家に衝撃を覚えた。
その男性は、玉屋さんが薦めた日本人作家による戦後美術の絵画をその場で購入。作家のことは知らず、価格も決して安くなかったのに、だ。玉屋さんが気になって理由を聞いたところ、作品の価値を自分自身で探っていくところに面白みを感じると言った。
「美術史における作家の位置を確認し、カタログを買って購入予定の作品をリサーチし、適正な価値を見いだすことが楽しいと言っていました。長年僕が潜在的に思っていたことを言葉で表してくれましたね。その作品の素性をロジカルに読み解いていく感じです」(玉屋さん)
同ギャラリーは3月に東京国際フォーラムで開催されたアートフェア東京2017に出展した。所属作家の一人、野口哲哉さんの甲冑をまとった侍をモチーフにした立体8体はオープン後、即完売した。
今年で12回目の開催となる同フェアは、国内最大級の国際的な見本市だ。和洋折衷の多彩な作品が展示・販売され、今年は150のギャラリーが出展した。来場者は過去最高の5万7800人を記録。プレオープンでは、開館と同時に100人弱の客がなだれ込み、新年の初売りセールさながら、お目当ての作品へと猛ダッシュした男性もいた。
来場者のひとり、50代会社員女性は「買うつもりはなかった」が、刺繍作家の小林モー子さんのブローチ(1万2千円)と、イラストレーターの石黒亜矢子さんの絵画(21万6千円)を購入。毎月の給料と照らし合わせると躊躇する金額だったが、購入せずにはいられなかったと言う。
●「芸術」と「仕事」の関係
「作品との出合いは恋愛と似ています」
そう言うのはアートフェア東京を主催するアート東京の理事長・來住尚彦さんだ。誰かに恋をした時、そこに明確な理由などないこともある。
「アートは第一印象で、好き嫌いを決めてもいいと思います。ギャラリーはアート業界における水先案内人。ギャラリストはアートを熟知した『アート人生の先輩たち』です」(來住さん)
アート東京が約2万人を対象に調査した「日本のアート産業に関する市場調査2016」によると、国内の美術品取引などのアート産業の市場規模は3341億円にのぼる。「芸術は、人々が豊かに生きるために必要である」との問いに対する肯定派は6割を上回った。その一方、「芸術的視点は、あなたの仕事において重要である」と考える人たちは2割程度だ。
調査を担当したアート東京マーケティング&コミュニケーション・ディレクターの墨屋宏明さん。日本では芸術と仕事を切り離して考えている人が多いことを課題に思ったと振り返る。
「この結果が日本で『アートはハードルが高い』と思われているゆえんだと思います。芸術関係以外のあらゆる職業の人々にもアイデアを与えるのがアート。欧米では、経営哲学と考え方が重なる現代アートを飾る会社もあります。ビジネスとアートが結びついています」