稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中
稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年、愛知県生まれ。2016年1月まで朝日新聞記者。初の書き下ろし本『魂の退社 会社を辞めるということ。』(東洋経済新報社)が発売中

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 先日、会社を辞めて以来4回目の名刺の注文をしました。広さ8畳ほどの古くて崩れそうな近所の印刷所。完成品を取りに行くと、若旦那がニコニコしながら「ご活躍ですね」。えっ? ……ってか何を根拠に? 「だって1日1枚配ってる計算です」。ナルホド! アフロ、ちゃんと生きてるじゃないの。

 振り返れば、会社を辞めて最初の衝撃が「名刺を自分で作らなきゃいけない」ってことでした。そもそも作るかどうかも自分で決めなきゃならん。作るならどんな名刺をどこで作るか。ネットで調べると、安いのだと1枚5円以下ってのもある。これといった仕事のあてのない身としては非常にありがたい価格です。

 しかし価格検索を続けるうちに、それでいいのかという気持ちが湧いてきました。こんな値段ではそこで働く人はどうなるのか。大企業を飛び出した私には他人事ではありません。

 心を入れ替えて探し出したのが冒頭の印刷所。近所で、しかも昔ながらの活版印刷ってのもいい。元新聞記者は活字に愛着があるのです。若旦那がデザインしたシンプルな名刺は実に美しく、この道40年の職人が電気など使わず一枚一枚手作りというのも嬉しかった。だが初回価格は1枚約50円! タダで配るのがもったいなく、思い余って100円で売ったろかと(笑)。

 でもね、最初の100枚を使い切って再注文した時、「仕事が順調なのね~。よかった!」と若旦那の母上に喜んで頂き、アフロはようやく本当に考えを改めました。

 私がすべきことはこの美しい名刺を一刻も早く使い切り、再び注文をすることなんじゃないか。この名刺代を稼ぐためにこそ一生懸命働くんだと考えればいいんじゃないか?

 つまりはお金って、つい自分だけため込むことばかり考えてしまうけれど、本当はこうして支え、支えられるためのツールなんじゃないでしょうか。そうしてクルクルと回るお金を想像すると実に幸福そうです。私は自分のささやかな財力で「マイまちづくり」をしているのです。

AERA 2017年6月12日号