その「バベルの塔」にはなんと、1400人もの人が描かれているという説もある。数えるだけでも大変だろうという大量の人物が、実は約60×75センチほどしかない、小さなキャンバスの中に息づいている。

 さらに、科学的アプローチで細部の拡大が進むたび、肉眼で見るとわずか数ミリにすぎない登場人物たちが、それぞれ動きを持ち、影を持ち、まるで生きているかのように描かれていたことも明らかになった。

●れんがのディテール

 今回の展覧会では、300%に拡大された複製画も制作・展示されている。神がかりとしか言いようのないブリューゲルの、細密画家としての天才ぶりがたっぷり楽しめる。

 ここでおさらいしておくと、そもそも「バベルの塔」とは、旧約聖書に出てくる架空の塔のこと。解釈はさまざまだが、大筋はざっとこうだ。

 自分たちの能力を過信した人々は「天まで届く塔」を造ろうと計画。それが「バベルの塔」だ。その塔は多くの作家のモチーフとなり、ブリューゲルはれんがを天に向かって積み上げようと多くの人々が一心不乱に働く様子を描いた。

 旧約聖書では、「天まで届く」などという人間の思い上がりが神の怒りを買い、それぞれが別の言語を話すことを強いられる。団結して力を持つのを避けるためだろう。バベルの塔を造っていた人々も混乱のうちに解散。ちなみに「バベル」は、「混乱」を意味するヘブライ語「バラル」に由来する。

 ブリューゲルは生涯に3作の「バベルの塔」を描いたといわれるが、今回日本にやってきた「バベルの塔」は、その3作目とされる。細密画家ブリューゲルの集大成との呼び声も高い。

 同作品を収蔵するのはオランダ・ロッテルダムにあるボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館。近代絵画・彫刻美術キュレーターのフリーゾ・ラメルツェも言う。

「積み上げたばかりの上層階のれんがは下層階のれんがに比べて色も鮮やか。そのれんがを地上から引きずり上げたときに付いたれんがの赤い跡も塔の壁面に見えるなど、ディテールもしっかり描かれています」

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