斎藤美奈子(さいとう・みなこ)/1956年生まれ。文芸評論家。児童書などの編集者を経て、94年『妊娠小説』でデビュー。『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞受賞。著書多数
斎藤美奈子(さいとう・みなこ)/1956年生まれ。文芸評論家。児童書などの編集者を経て、94年『妊娠小説』でデビュー。『文章読本さん江』で第1回小林秀雄賞受賞。著書多数
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 夏目漱石から赤川次郎まで、「文庫解説」の世界へようこそ!『文庫解説ワンダーランド』の著者である斎藤美奈子さんが、AERAインタビューに答えた。「文庫解説を取り上げたのは、多くの読者が日常的に目にする、もっともカジュアルな批評文なのに、注目されてこなかったからです。ならば、きちんと読んでみよう、と」

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 斎藤美奈子さんといえば、デビュー作の『妊娠小説』以来、どの本も抜群に面白い、ハズレ無しの文芸評論家だ。

 ちなみに文庫解説は日本独自の出版文化と言われている。解説拒否派の村上春樹などの例外を除いて、ほとんどの文庫には解説がある。だが、中には解説の体をなさない、誰に向けて書いているのかわからないものも多いという。

 たとえば岩波文庫版『走れメロス』に寄せた井伏鱒二の解説は、ひたすら交遊録に徹し、作品への言及は一切なし。有名な作品なのに、10を超えるどの文庫にも、これといった論評がないのだ。

「評論の場として考えれば、本来、文庫解説はその作品を読んだ経験を共有している読者に向けて書くことができる、特別な機会です。小説の細部について書けるのに、最近はネタバレと言われるのを気にする書き手も多いですね。物語の展開に触れないと書けないこともあるんですが、広告の軍門に降って、批評が死んでいく(笑)」

 解説には大事な役割がある。現代文学においては変化が早い風俗や社会背景をきちんと説明すること。古典文学ならば、今あらためて読む意味を読者に提示すること、などだ。

「村上龍『半島を出よ』の島田雅彦の解説は成功している例ですね。文学の大状況から作品案内という小状況へフォーカスしていく構成が巧みで、作家を狩猟系と農耕系に分ける見立てもうまい」

 他にも、田中康夫『なんとなく、クリスタル』の文庫(新装版)に収録された、高橋源一郎の解説は、マルクスの『資本論』と『なんクリ』が同じ構造だと指摘。

「面白かったのは、林真理子、小池真理子といった女性作家たちが書いている渡辺淳一作品への解説。『褒めず、けなさず、機嫌を損ねず』、そして『セクハラされた』と告発する(笑)。解説という名のもてなし術、社交術といっていい、作家ならではの高等テクニックが満載です。こういう発見は、まとめて何冊も読むことで共通点が見えてきます」

 良い解説は読者が気づかなかった作品の読み解きを示し、あるいは勇気づけてくれるもの。この本を読んでしまったら、解説を読み飛ばすなんて、もったいないことはもうできないに違いない。(ライター・矢内裕子)

AERA 2017年5月22日号