思想家・武道家の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、哲学的視点からアプローチします。
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神戸で凱風館という合気道の道場を開いている。そこで週に1度「寺子屋ゼミ」を開講している。道場の畳に座卓を並べて、社会人や学生たちを集めて、さまざまな問題を語り合っている。
先日今期が終わり、ゼミのあと打ち上げ宴会があった。その席で一人の男子学生が私の前に座った。県内で農業をしているゼミ生が連れてきた人である。大学を休学して、農業を勉強しているという。誰に誘われたわけでもなく、「これからは農業だ」と思い立って昨秋から大学を休んで農家の手伝いをしている。今はそのゼミ生のシェアハウスに住んで、手伝いをしているが、いずれ自分でも畑を借りるつもりだと言う。
「親御さんはどう言っているの?」と訊いたら「『それで食えるのか?』と心配してました」と笑った。
新しい波が来ているのだと思う。何カ月もリクルートスーツを着込んで、胃の痛むような就職活動をしたあげくに残業100時間のブラック企業に勤務する……というような未来予測にあまり魅力を感じられなくなった若者たちが「別の生き方」を模索し始めているのである。その中に、過疎化しつつある地方で第1次産業を継承するという選択肢もある。