「刑法がつくられた110年前は、女性の人権なんて考えられていなかった時代。強姦罪も女性の被害者を守るためではなく、間違いなく夫の子どもを産むために女性の貞操を守ろうとつくられた。このことは、人の尊厳を奪う強姦罪の刑罰が強盗罪より軽いことにも表れています」

 改正案では、被害者の告訴がなくても強姦罪や強制わいせつ罪を立件できるようになり、強姦罪の法定刑が「懲役3年以上」から「懲役5年以上」に引き上げられる。「大きな一歩」だとされるのは、「強姦罪」が「強制性交等罪」に改められることだ。現刑法で強姦罪が対象としているのは男性から女性への性暴力のみ。改正案ではこの「性差」が撤廃され、男性も性暴力の被害者として加害者の罪を問うことができる。

 心理カウンセラーの山口修喜(のぶき)さんは、神戸市で男性の性被害の相談窓口「カウンセリングオフィスPumu(ポム)」を運営している。山口さんによれば男性の被害者は決して少なくないという。

「男性の被害が表面化しにくいのは、男なのに性暴力に遭ったという『恥』の意識が強烈に強いことが一つ。もう一つは、周囲に話したとしても、一般的にはまだ、男性が性被害に遭うということを受け入れてもらえないからです」

●特異な体験と思い込む

 16歳だった三十数年前の冬、見知らぬ男にレイプされたという50代の男性に取材した。

「びっくりして、気持ち悪くて。でも、体が固まってしまって、動かなかった」

 その夜は新宿のロックカフェにいた。見ず知らずの中年の男に声をかけられ、言葉巧みに自宅マンションへと連れていかれた。酒を飲まされ、寝ているところを背後から襲われた。男のひげが後頭部に当たるチクチクした感触を覚えている。

 1970年代の日本には「性暴力」という言葉すらなかった。フラッシュバックや悪夢に襲われ、自分の体が嫌でたまらなくなったという。誰にも相談できず、「特異な体験をした」と思い込むことで生き延びた。

 80年代になると、日本でもセクハラや性暴力が社会問題化。友人に「レイプされた」と打ち明けたが、笑われてしまった。苦しみが増して、再び口をつぐんだ。

 転機のひとつは91年。元慰安婦として初めて名乗り出た故・金学順(キムハクスン)さんが自身の体験を証言するのを見て、涙が止まらなくなった。悪いのは自分じゃない。あれは性暴力だったんだ。心を覆っていた岩がスーッと溶けていくようだった。

 以来、「性暴力サバイバー」として、つらい経験を他者のために役立てる「使命」を果たすことで自ら回復してきた。いまは、孤立しがちな性暴力被害者やLGBTの人たちなどをサポートする相談員として働いている。(編集部・野村昌二、深澤友紀)

AERA 2017年3月20日号より一部抜粋

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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