事件直後から、メディアには「事件は社会の写し鏡」「内なる優生思想は私たちの中にもある」といった内省の声が上がった。実際、出生前診断による「選択的中絶」が広がり、就労現場には生産能力がないとみなされた人がはじき出される「無駄排除」の風潮がある。そうした空気は、加害者と底流ではどこかつながっているのではないだろうか──。
●「次」を急かされ傷つく
生活保護の人の相談活動も行う弁護士の足立恵佳さん(41)は、こういう現代の風潮には、障害のない人たちにとっても生きづらいギスギスした世の中で、「自分自身もいつ転落するか……」という恐れが反映されているのではという。
「多様性を包み込む『インクルーシブ』という言葉は躍っていても、現実の企業社会では、労働者は経済価値をはかられ、『マタハラ』もある。病児を抱えて共働きなどできないような空気が蔓延しています。出生前診断というと、妊婦さんの『選択』がクローズアップされがちですが、むしろ今の妊婦さんは、排除する側にも、される側にも、どちらにもなりうるリスクを背負わされて困っているように見えることもあります」
都内でヨガスタジオを主宰する女性(37)には、生まれてからダウン症だと診断された長女(8)がいる。今年、小学2年生になった。
出産後、女性は医師からのこんな言葉に傷ついた。
「お母さん、若いから『次』がんばりましょうよ」
女性自身、当初は家族にどんな未来が待ち受けているのかを想像できず、長女の障害と向き合えるまでに時間が必要だった。けれど目の前には、懸命に生きようとする娘がいた。悪意はないにせよ、その命を素通りして「次」を急かすような医師の言葉は、「『この子と』どう生きる?」を模索する家族として、決して励ましにはならなかったと言う。
●自分責めうつ状態に
精神科医の香山リカさんのもとには、出生前診断で「選択」をした人が、「私の選択で一つの命を失ってしまった」と自分を責め、うつ状態になって診察室を訪れることがあるという。
胎児の染色体の異常を指摘されたある女性が事前に提供された情報は、心臓奇形や知的障害の可能性など医学的なリスクの羅列だった。ところが、妊娠12週から21週の期間に行う「中期中絶」に踏み切ったところ、対面した赤ちゃんはとてもきれいで、その姿を目にした瞬間に、後悔の気持ちで胸が押しつぶされそうになったという。
香山さんは、産む、産まないどちらの選択をしたとしても、「選択後」のその人の人生に寄り添うような医療者の言葉と、情報提供の大切さを説く。
「胎児異常による人工妊娠中絶は、日本の法律上では違法扱い。なので、実質的には母体保護法の『経済的理由』(経済的に育てられないから)に押し込める形で、妊娠した女性の希望、もしくは医師の裁量で人工中絶が行われているんです。妊婦さんが自己決定するにしても、判断の手がかりとなるような適切な情報がなければ選べないし、後で大きく悔やむことになりかねません」