原氏は、現天皇の「お言葉」からはさらに強い思いを読みとることができるという。それは、

 私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました

 という部分。原氏は<何よりもまず>という言葉に注目する。

「象徴天皇の務めとして大切なのは、祈ること。第二が行幸。国事行為よりもこの二つに力点が置かれています」(原氏)

 祈りとは宮中祭祀であり、これは天皇の私的行為。皇后とともに訪れる被災地慰問や戦地への慰霊の旅は行幸(行啓)と呼ばれ、これは公的行為に当たる。「お言葉」からにじむのは、憲法で規定された国事行為以上に国民に寄り添う活動を重視する、現天皇の意思だ。

昭和天皇よりも強固

 現天皇は即位の際や80歳の誕生日など、ことあるごとに憲法順守の意思を表明しているが、その憲法は「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ」(第4条)と定める。

「矛盾があると思いませんか。憲法に忠実に従えば、宮中祭祀や行幸はやらなくていいことになる。私は現天皇に昭和天皇との連続性を感じます」(原氏)

 昭和天皇は皇太子時代と戦後の2回、全国を回る行啓や行幸を行っている。数万~数十万単位の人々が各地で熱狂的に出迎え、君が代斉唱や万歳を通して「君民一体」を体験した。

 そして、皇太子・同妃時代から、広島、長崎、沖縄、硫黄島、サイパン、パラオ、フィリピンなどかつての激戦地を訪れてきたのが、現在の天皇と皇后。即位後の91年に雲仙・普賢岳が噴火した際は、長崎県の避難所で被災者の前に両ひざをついて向き合った。原氏は言う。

「憲法が変わって天皇の地位が変わり、戦前と戦後には断絶があると言われるが、宮中祭祀や行幸は変わっていない。むしろ、昭和天皇のスタイルをより徹底したのが現天皇と言える」

 宮中祭祀も行幸も憲法に規定されていないのだから、やめても縮小してもいい。しかし「お言葉」には、現在のあり方を次世代も継承してほしいという思いが透けて見える、と。

「そこに怖いくらいの強い思いを感じる。昭和天皇が全国を回ることで築いた君民一体の国体を継承したい、という思いです」

 そして、昭和天皇の「君民一体」が「1対多」の関係だったのに対し、現天皇のそれは<市井の人々>との間で結ばれたより強固な「1対1」の関係で成り立っている。原氏は言う。

「被災地などで天皇が一人一人に語りかけ、一人一人に天皇の姿が刻まれる。そうした双方向性が『平成流』の君民一体。現天皇が、完成形ともいえるいまの象徴天皇の安定をこれほど強く願う背景に、天皇制の将来への危機感があるように思います」

(ライター・宮下直之)

※玉音放送の現代語訳は、2015年8月1日付の朝日新聞から。
国文学研究資料館・寺島恒世氏、国立国語研究所・間淵洋子氏の監修を受けたもの

AERA  2016年9月12日号