「介護はある日突然始まることもあります。「『職場に迷惑をかけるので、休暇を取りにくい』と思い込まないためにも、介護でどんな世話をするのかを社員に体験してもらうことが重要。そして、『こんなに大変なのだから、両立支援制度を有効的に活用して、仕事と介護を両立してもらいたい』と職場の理解が進むことが、介護に直面した人への一番の支援になります」(同社広報部)
7月末までにセミナーは47回開催、約5千人が参加した。
【金銭的支援】も整っている。
外資系金融大手ゴールドマン・サックス(東京都港区)は15年1月から、介護する家族1人あたり年間最長100時間の介護サービスの費用を負担する制度を始めた。介護会社と連携し、病院への付き添いや見守りなど介護保険では足りない部分を補う。要介護認定がなくても利用できるのがポイント。現在数十人が利用する。
●外部の専門家に相談
大手企業ではきめの細かい対応が行われてきたが、労働者の約7割の人が勤めている中小企業では、離職防止にどのように向き合っているのか。今回は、中小企業や創業間もない企業からも意見を募った。
意思決定のスピードが速いという中小企業の利点を生かして、介護離職防止に取り組むのは、不動産・建築業のNENGO(川崎市)。45人いる社員の平均年齢は35歳。さまざまな社内制度の中に、15年4月から設けた「介護相談制度」がある。的場敏行社長が言う。
「採用の面接をしていた時、前職を親の介護で辞めたという50代の男性がいました。今後もこういう立場の人は増えると実感し、再就職先の受け皿として、親の介護をしながらでも働ける環境を整えたいと思いました。介護に直面したスタッフの困り事に対して的確なアドバイスをする人がいないと、相談はできても先に進みません。部門長や人事担当者に介護の経験者がいなかったので、外部の専門家に相談するシステムを作りました」
●初めて母のシモの世話
現在、この制度を利用しているのは、入社2年目の女性(24)。大学3年の時に母(56)が脳梗塞で倒れた。記憶障害が残り要介護1。自宅に戻ってから訪問リハビリと家事支援の訪問介護を受けていたが、容体は安定せず、認知症のような症状も出はじめた。面接では「親の介護をしている」と伝えて入社した。
「父と兄とも時間がすれ違い、コミュニケーションがうまく取れない時期がありました。母はまだ若いので、高齢者が多い介護施設には行きたがらない。なんとか家族で支えなくてはいけないと気負ってしまい、仕事でも成果を上げなければならないと、自分を追い込んでしまいました」(女性)
的場社長の助言もあり、入社してすぐに「介護相談制度」を使うことに。制度を使うには、直属の上司と人事担当者にメールで伝えると、ワーク&ケアバランス研究所(東京都渋谷区)につながる。必要に応じて代表の和氣美枝さん(45)が面談に応じるというシステムだ。
「初めて母のシモの世話をした時、まだ受け止めきれず、出社してから『母の調子が悪くて、私もしんどい。どうしたらいいのかわからないので相談したい』とメールで伝えて、和氣さんと職場の近くの喫茶店で話をしました。胸につかえている思いを全部吐き出してから、ケアマネジャーにどんな要望を出したらいいのか、父と兄とはどう役割分担をしたらいいのか。具体的なアドバイスをもらい、とても楽になりました」(同)
グループホームなどの施設に入所する時の費用負担に備えて、女性は仕事に専念し、代わりに父と兄が母の面倒をみる。体調の悪い時などは、家族が臨機応変に対応するなど、役割分担を変えてみたところ、仕事に集中できるようになったという。
和氣さん自身、7年前、認知症の母親の介護を理由に、正社員として勤めていた不動産会社を辞めた経験がある。介護に関する知識がなく、情報をどう集めたらいいのかわからなかった。次第に生活のすべてが中途半端になり精神的に不安定になった。
「介護者の不幸は選択肢がわからなくなること。介護が始まると辞めるしかないと思い込んでしまいます。介護離職の対策は先送りしている会社もありますが、病気になったら病院に行くように、介護になったらまず『地域包括支援センター』に行ってもらうことを職場からも伝えてほしい」(和氣さん)
●経験者は貴重な情報源
とくに、介護が始まって1年以内に退職した人が、介護離職者全体の半数以上に上るという調査結果もある。“介護の初動”を会社の制度を使って上手に乗り越えれば、会社を辞めなくても済む。自らの経験を生かして企業へのアドバイスや相談を行う一方で、今年1月、「介護しながら働くことが当たり前」の社会をつくろうと、一般社団法人「介護離職防止対策促進機構」を立ち上げ、代表理事に就いた。
8月2日、都内で第1回目のシンポジウムを開催。仕事と介護の両立に取り組む企業の具体的な事例が多く発表された。
介護離職防止のために企業としてまずやるべきことは、「従業員の介護状況の把握」と和氣さんは言う。
「職場で介護の話をすると昇進や査定に響くと危惧するあまり、一人で抱え込んでしまいがちです。現状を伝えても大丈夫、閑職に追いやらないなどと明言することが大事です。そして、経験者は職場で介護に関して貴重な情報源となる人材になれます」
実際に、人事担当としてアドバイスする側にまわるなど、介護の経験を生かして社内で活躍する人も増えている。介護を乗り越えた先に、活躍できる時代は、すぐそこまで来ている。(ライター・村田くみ)
※AERA 2016年9月5日号