「ここで、食べんの? そっちに座って待っといて」
見ると、イートインスペースがあり、簡易トイレまで併設されている。しばらくして運ばれてきたのは、殻付きのまま半分に割られた生ウニと、豪快に炭火焼きにされたアワビとホタテ。そして、中トロの丼だった。
ホテルの朝食は食べなかったという2人は、携帯電話で写真を撮りながら、「好吃(ハオチー)(おいしい)」を連発。10分ほどで全てを平らげた。香港で食べる海産物とは比べものにならないと上機嫌だ。肝心のお会計は全部で9千円ちょっと。この鮮魚店には、同じような旅行客がひっきりなしにやってくる。
レジ横で観察をしていると、1回あたりの会計はほぼ1万円超。午前9時の時点で、売り上げは軽く10万円を超えていた。当たり前のように1万円札が飛び交う風景に、ひょっとして、観光客相手の「ボッタクリ」ではないかと不安がよぎったが、それは違うと店主は胸を張る。
「彼らは口コミでやってくるんです。そして、とにかくおいしいもんを食べたいと言う。大阪人は、安くてうまいが当たり前なんですが、彼らは、同じ品質であれば高いほうを迷わず選ぶ。それならば料亭にも卸せる高品質のものを提供し、驚かせてやろうと。まずいと評判が立てば、店の利益だけでなく、この市場の損失ですから」
一事が万事、こんな具合だ。はっきり言えば、古き良き市場の風情など、ここでは問題にならない。もちろんこうした変化を訝(いぶか)しく思う人もいる。まさか軒先で、てっさ(ふぐ刺し)、てっちり(ふぐ鍋)を食べさせる鮮魚店が登場したり、ショーウィンドーに並ぶ肉の切り身を、まるで寿司屋のように注文し、目の前のホットプレートで焼いて食べさせる精肉店が繁盛するなどとは、これまでの黒門市場ではあり得なかっただろう。
黒門市場商店街振興組合副理事長の吉田清純は、リーマン・ショック後、そもそも界隈の飲食店が激減、そのあおりを受け市場全体の収益も減退し、活気も先細りだったと振り返る。
「目先の話と分かっていても、これは儲かる、と思えば商売の方法論をあっさり変える。その瞬発力と好奇心こそ、大阪の商売人の気質。嬉しいのは、その変化が、市場で買い物をする慣習がなかった若い日本人の呼び水になっているんです」
※AERA 2016年2月15日号より抜粋