終電で帰り、持ち帰った仕事を早朝の3時、4時まで続ける。裁量労働制の名の下に残業代はなく、土日もつぶれるのに手取りは月20 万円にも満たない。気力・体力をすり減らしたところに、スケジュール調整の板ばさみで怒鳴られてばかり。はじめの3カ月は夢中でこなしたが、4カ月目ごろから体に異変が出た。通勤の電車で、何を考えるわけでもないのに涙が止まらない。以前は大好きなスイーツの一気食いでストレスを発散していたが、そのスイーツすらのどを通らない。週イチで通っていたスポーツジムも、気づけば行かなくなっていた。「だいぶやばいよ」と友人に指摘され、ついに心療内科に足を運んだ。

 会社をやめることを伝えると、それまで「われ関せず」だった同僚たちがランチに誘ってくれた。「Aさん、ずっと大変そうだったよね」の言葉に急に気が楽になり、やっぱりまだここで働けるかもとすら思えた。もっと早く言ってくれたら……。

 期待とのギャップ、身体的疲労、努力と報酬のアンバランス、相談相手の不在。Aさんのケースには、典型的なメンタル不調の要因がいくつも見え隠れする。Aさん自身、一つひとつの問題は「『職場あるある』でしょ」と深刻には受け止めていなかったが、それらが重なったとき心身が壊れた。

「入社1年目、中途1年目は言ってみれば『転校生』。メンタル不調を起こす確率は高いんです。だから人の流動性が高い会社には不調者が多い」

 産業医の大室正志さんは言う。転職、異動、さらには昇進も。一見プラスの変化であっても、変化はリスクであることに変わりないのだ。

AERA  2016年2月15日号より抜粋