ミッフィーの作者が幼少時から暮らすこぢんまりした街。それが、オランダのユトレヒトだ。饒舌さはないが、成熟したたたずまいを感じる。独特の作風はこの街だからこそ生まれた。ブルーナの足跡をたどって、現地を歩いた。
朝、コーヒーを飲みにカフェに行くと、店員は前夜バーの隣席でかわいい女の子といちゃついていた青年だった。短い滞在中にそんな偶然が起きるほど、ユトレヒトは小さな街だ。人口およそ30万、アムステルダムからは電車で30分ほど。
1927年に生まれてから、ロンドン、パリで学んでいた時期などを除いて、ブルーナはずっとこの街で暮らしている。グラフィックデザイナーとして父親の経営する出版社でキャリアをスタート。「ブラック・ベア」シリーズを始め、その評価は高く、創作に専念するために退社するまでの二十数年で、約2千冊のブックデザインを手がけた。
旧市街と呼ばれるエリアの静かな一角に、ブルーナのアトリエはある(秋にはこのアトリエはセントラルミュージアムに移設し、展示される)。
ここに毎日自転車で通っていたというブルーナ。朝はお気に入りのコーヒーショップに寄り、昼には一度自宅に戻って妻とランチをとる。そしてまた夕方までアトリエで仕事をする。
地に足のついた彼の暮らしの「正しさ」は、私たちがミッフィーの絵本から感じ取るものと似ている。まっすぐこちらを見つめてくるミッフィーの視線。ためらいのないクリアな線。
「シンプルな線に見えますが、ものすごく手間がかかっていて、最後の1枚にたどりつくまで、20枚から30枚の絵を描いています」(セントラルミュージアム学芸員のヨランダさん)
絵だけでなく、ストーリーもしかり、だ。子どもが生まれ、孫が生まれ、と進んでいく自らの人生と、目の当たりにする社会の変化を反映させながら、ブルーナは新しい物語を生み出してきた。
肌の色の違ううさぎが登場する『うさこちゃんとにーなちゃん』、障碍を持ったお友達が出てくる『うさこちゃんとたれみみくん』、身近な人の「死」というテーマを扱った『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん』などは、いずれも90年代以降に描かれたものだ。
「ブルーナさんは、これまでさまざまな表彰を受けていますが、絵に関する受賞が多い。『うさこちゃんのだいすきなおばあちゃん』は、絵ではなく物語で初めて表彰されたということで、ブルーナさんには特別な思いがあったようです。オランダでは身近な人が亡くなったときに、この本を子どもに読ませる人も多いんです」(ヨランダさん)
協力:オランダ政府観光局
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※AERA 2015年7月20日号より抜粋