2016年には、没後百年となる夏目漱石。今も作品は読み継がれ、新しい読者を獲得している。その魅力を文学研究者の石原千秋氏に聞いた。
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浪人時代、受験勉強もせずに新潮文庫を端から読んでいて、秋も深まった頃に『彼岸過迄』を読みました。ちょうどその年の夏前にひどい失恋をして、「女の人ってわからない」と思っていたところで、作中、主人公のいとこの千代子が「自分と結婚するつもりもないのに、なぜ嫉妬するのか」と言うくだりを読んで「こういう言い方をするなんて、やっぱり女性って怖い」と思いました。
漱石は女性が怖かったんじゃないでしょうか。『三四郎』の美禰子も男から見ると本心がよくわからなくて、男を翻弄する存在ですね。
長い間、漱石は女を書くのが下手だと言われていました。上手だと言われる谷崎潤一郎や川端康成は、確かに着物の描写などは細かいですが、心理描写はあまりありません。
一方、漱石は女性の外見はあまり書きませんが、女性がふともらす言葉が男性への痛烈な批判になっていたり、自分の心情を吐露したりしています。
言いかえれば「谷崎は女性の身体を書き、漱石は女性の内面を書いた」と言えるのではないでしょうか。
※AERA 2014年10月13日号より抜粋