東京五輪に向けて造り替えられる国立競技場。しかし新しい国立競技場案には、二つの壁が立ちはだかっている。
新国立競技場の運営費は、コンサートなど文化イベントの収入でも賄われる予定だ。このため、施設を運営する日本スポーツ振興センター(JSC)にとって、「開閉式屋根」「常設8万人収容」の2点は譲れない条件だ。
しかし、これが構造上の大きなネックとなりかねない。まずは「開閉式屋根」。
今回採用されたザハ・ハディド案は、巨大なアーチ状の構造で、開閉式屋根の開閉部は曲線を描いている。その屋根は膜状で、アコーディオンカーテンのような折りたたみ式になっている。
「このデザインのまま開閉式屋根を作るには、福岡市のドーム球場のような鉄骨造りはまず無理。あくまでデザインの通りにするなら膜式屋根にして、素材は膜材のC種だけでしょう」と、ドーム型施設の構造に詳しい専門家は指摘する。
屋根に用いられる膜材にはA種、B種、C種、テント倉庫用の4種類ある。たとえば、東京ドームはA種という、フッ素樹脂コーティングしたガラス繊維材を使用している。頑丈だが、曲げるとガラス繊維が折れるため、折りたたみ式にはできない。C種は塩化ビニール合成樹脂の合成繊維(主にポリエステル)で、折りたためるが耐久性で劣る。
膜構造屋根の建設実績が豊富な企業の担当者は、
「A種は東京ドームで25年以上維持できており、まだ交換しなくても大丈夫。C種は10~15年程度で交換を検討しなければならない。そもそもC種は仮設で使われることが多い」
もう一つの「常設8万人収容」。これが、構造的な問題をより複雑化させている。
「ザハ案の有機的な曲線が、屋根の開閉機構の構造を一気に難しくしています。これに常時8万人を収容できる大規模構造体という条件が重なると、私が知る限り、人類が初めて挑戦する巨大構造物となります。明らかなオーバーデザインです」(ドーム専門家)
ザハ案では、施設は大きなアーチ状の構造となっている。アーチに荷重がかかると、アーチには横に水平に広がろうとする力が働く。この横圧力をスラストという。スラストでアーチがつぶれるのを防ぐため、アーチの両端の地盤に巨大な基礎杭(アンカー)やスラストブロックを打つ必要がある。
建築エコノミストの森山高至氏は、
「これだけ巨大なアーチ構造体なら、スラストブロックが地下深くに達する可能性も考慮しなければならない。その場合、地下30メートル付近を通る、都営地下鉄大江戸線を突き抜ける構造設計になる恐れもあります」
※AERA 2014年6月2日号より抜粋