金正日(キムジョンイル)総書記が国家事業として映画産業を推進、プロパガンダのツールとして活用したことで知られる北朝鮮。映画「シネマパラダイス★ピョンヤン」は、北朝鮮の俳優の卵と映画監督に密着したドキュメンタリーだ。その映像からは、北朝鮮の意外な一面が浮き彫りとなる。
例えば、日本の植民地になる直前の朝鮮半島が舞台の映画。朝鮮軍役としてエキストラ動員された朝鮮人民軍の若い兵士たちは、「日本軍への怒りを、目に炎をたぎらせて表現しろ」と熱く指導する大御所監督の前で、恥ずかしそうにニヤニヤ。業を煮やした監督は、兵士たちに前屈の姿勢を取らせ、頭に血が上って顔が紅潮したところで、「アクション!」とカメラを回す。
「映画の制作現場にいる人たちを取材し、北朝鮮が芸術を通じてどのようにイデオロギーを伝えていくのか知りたかった」
イギリス人のジェイムス・ロン監督とシンガポール人のリン・リー監督のコンビは2008年、平壌(ピョンヤン)国際映画祭へ招待された際に現地の映画関係者と知り合い、北朝鮮でのドキュメンタリー撮影を申し出た。8カ月に及ぶ無数のメールのやり取りの末に許可が下りたが、「外出する際は、必ず案内員が同行する」「撮影したものは、その日ごとに検閲に出す」という二つの条件つき。密着できるのも北朝鮮当局が選んだ映画監督1人と演劇専攻の大学生2人のみだった。
09年秋に撮影をスタートした当初、与えられた期間はわずか2日。ロケを約束した名門の平壌演劇映画大学は改修中で、仕方なく大同江(テドンガン)の川べりで金正日総書記の芸術思想についての講義風景を撮影。初日の撮影は1時間足らずで終了となった。
次の撮影がいつになるのか、まったく分からない。だが、ロン監督らは「予期せぬことが起きるのがドキュメンタリー」と、粘り強くメールでの交渉を続行。結果、10年の夏と冬にも許可が下り、計3回渡航、19日間のロケに成功した。
※AERA 2014年3月10日号より抜粋