この俳優を使えばヒットする――。そんな固定観念がテレビをダメにした。今どきの常識を打ち破り、人間の“本音”に迫ったとき、そのドラマは心を打つ。
視聴率40%超えを果たしたドラマ「半沢直樹」。総合演出を担当したTBSテレビの福澤克雄(49)は、ラグビーで鍛えた身長190センチの巨漢だ。「ドラえもん」のジャイアンに例えられることも、しばしば。
「今の時代、どれだけ当たるセオリーをちりばめても、本当に当たるドラマなんて、ほとんどない。だからもう、今までの常識を打ち破り、ムリをやってもいいじゃないかと」
池井戸潤の原作『オレたちバブル入行組』などに魅了され、ドラマの構想を練った。今どきのドラマは、まず俳優のスケジュールを押さえ、そこからストーリーを決めるのが一般的。だが、「半沢」は違う。「中野渡頭取」に北大路欣也、「大和田常務」には香川照之……。俳優の人気ありきではなく、あくまでも原作に忠実に配役していった。それはドラマ本来のつくり方への"原点回帰"でもある。
「ストーリーを重視するというドラマづくりの基本に戻りたかった。見た目を豪華にしたいという制作者側の都合で、無理して俳優の顔だけそろえるのは、もうやめようよと」
銀行を舞台にした堅いストーリーで、恋愛要素もない。しかも出演者の年齢層は高い。ヒットドラマの"お約束的"な要素は、ほとんどない。
「女性をターゲットにするのがヒットの近道といわれたドラマの世界で、女性受けしない要素が何拍子もそろっていた。ヒット作が次々生まれている時代ならば、間違いなく通らなかった企画でしょうね」
企画に賛同してくれる人は多かった。ただし、そのほとんどが「ヒットはしないでしょうけど」と付け加えた。
不安がなかったと言えばウソになる。思い出すのは、視聴率を取れなかったドラマの制作現場だ。毎朝8時45分、携帯電話に視聴率を知らせるメールが届く。ふるわない数字に目をやり、重い足取りで現場へ行くと、スタッフから役者まで「自分のせいだ」と落ち込んでいる。あの居たたまれない空気は、二度と味わいたくない。それでも、
「自分がおもしろいと思うものを精いっぱいつくりたい。神戸牛や大トロを使ってはいない。でも、最高の卵かけご飯を精いっぱいつくりますってね」
福澤は、慶應義塾の創設者、福澤諭吉の玄孫にあたる。自らも幼稚舎から大学まで慶應で過ごした。子どもの頃に憧れた職業は映画監督。朝から晩まで映画館で「スター・ウォーズ」を繰り返し見ていたこともある。大学を卒業すると、いったんは富士フイルムに就職。しかし「夢をあきらめちゃいかん」と、TBSに転職した。
「日本には映画づくりを学べる場所がほとんどない。だから、テレビ局に入った。福澤家には映像に関わる人なんていないですから、やっていけるのかと、ずいぶん心配されました」
連続ドラマは、映画より長い時間を使ってストーリーを展開できる。その醍醐味を今、つくづく感じている。(文中敬称略)
AERA 2014年1月13日号秋元康特別編集長号より抜粋