『1923-26』
『1923-26』
『The Bix Beiderbecke Story』
『The Bix Beiderbecke Story』
『1929-33』
『1929-33』
『Early Ellington: Complete Brunswick Recordings』
『Early Ellington: Complete Brunswick Recordings』
『Early Bird』
『Early Bird』

●ジャズ・サックス前史

ジャズの伝統なき楽器

 ジャズ創成期から10年代まで、ニューオリンズ・ジャズの全盛期に、サックスについて語るべきことはほとんどない。花形楽器のトランペットやクラリネットの華やかさに欠けたせいか、サックスは異端視されていた。スタイルを築きあげようという志をもつ者も出てこず、アルト・サックスはクラリネットの亜種の地位から、テナー・サックスはリズム楽器の地位から抜け出せないでいた。サックスがジャズ楽器として自立する温床は、洒落たサウンドを求められた、シカゴやニューヨークのジャズ風ポピュラー・バンドだった。

 20年代になり、そんななかから開拓者が出てくる。アルト・サックスに限れば、黒人ではマルチ・リード奏者でビッグ・バンド・アレンジの基礎を築いたドン・レッドマン(1900‐1964)、白人ではジミー・ドーシー(1904‐1957)だ。とくにドーシーはレッドマンのスタイルを発展させた華麗なテクニックを誇り、その教則本は人種を問わず多くの奏者が手本にした。しかし、そのスタイルはホット・クラリネットの発展系だ。ここに、クールなトーンと流麗なラインをもった白人奏者が現れる。フランキー・トランバウアーだ。

●フランキー・トランバウアー(1901‐1956))

流麗なスタイルの創始者

 厳密には、トランバウアーはCメロディー・サックス(C管テナー・サックス:注参照)奏者だった。音域もサウンドもアルト・サックスに近いので、ここでとりあげる。トランバウアーはクール・ジャズの創始者、ビックス・バイダーベック(コルネット)との共演や、レスター・ヤング(テナー・サックス)のアイドルだったことで知られる。というか、それらをのぞいて語られることはまずない。しかし、ノン・ヴィブラートによる流麗なラインは当時の最新モデルで、肌の色を問わず多くのサックス奏者が模倣にはげんだ。

 ビックスとの初録音は24年10月のスー・シティ・シックスのセッションで、それ以前の演奏はベンソン・オーケストラ・オブ・シカゴ、マウンド・シティ・ブロウァーズなどの録音で聴くことができる。出来は別にして、出所不明の類を見ないスタイルだ。クールでメロー、リラックスしたスタイルはビックスとの相互影響によって完成を見た。同一人物が楽器を替えただけでは?と思えるほどの相似性は、27年2月に始まるトランバウアーのセッションにとどめられている。《シンギン・ザ・ブルース》は、両者の最高の名演だ。

 テクニックは抜群だったが、ミュージシャンとしてはアマチュアに毛の生えたようなレベルだったので、ビックスと共演した録音をのぞいては甘ったるいトホホな演奏が少なくない。第二次大戦中はパイロットとして輸送任務に従事し、第一線での演奏活動に幕をおろす。およそ巨人とは呼びかねるが、サックスの最新モデルを創造した功績は記憶にとどめておきたいものだ。巨人だということと影響力があったということは必ずしも一致しないし、ジャズは黒人だけが発展させてきたわけでもない。その好例がトランバウアーだ。

●ベニー・カーター(1907‐2003)

マルチ・タレントの少年期

 カーターの功績の第一はビッグ・バンド・アレンジ、とくにサックス・セクションのアレンジを方向づけたことにある。次に、11種の楽器を専従者なみにこなすマルチ器楽奏者で、なかでもアルト・サックスはジョニー・ホッジス、チャーリー・パーカーと並ぶ巨人だ。しかし、知名度に比べて認知度は高くない。影響力だけでも声高に語られれば、アーリー・ジャズだろうが、奏者としての露出度が相対的に低かろうが、もう少しは聴かれるのではないか。影響をうけたなかには、リー・コニッツやアート・ペッパーもいるのだ。

 13才でトランペットを手にするが、二三日で修得できないと悟ると、Cメロディー・サックスに転じた。のちに「すぐにフランキー・トランバウアーがアイドルになった。レコードで流麗なスタイルを真似ようとした」と語っている。模倣が長く続かず、アルト・サックスに替えたのは、指導者だった従兄のセオドア・ベネット(トランペット)の感化によるのかもしれない。やがてカーター少年はハーレムに足繁く通うようになり、デューク・エリントンをはじめとする巨人たちとの交流を通じて、独自のスタイルを物していく。

エレガントなスタイリスト

 27年1月にチャーリー・ジョンソン楽団で初録音、28年には同楽団とフレッチャー・ヘンダーソン楽団で録音を残す。これらに聴く20才前後のカーターはほぼ出来あがっている。輝かしいトーンによるリズミックなラインが個性的だ。29年9月のチョコレート・ダンディーズの《シックス・オア・セヴン・タイムス》は、ノン・ヴィブラート奏法とメローな感覚がトランバウアーを想わせて面白い。完成したエレガントなスタイルは30年12月のヘンダーソン楽団の《キープ・ア・ソング・イン・ユア・ソウル》にとらえられている。

 34年にはしなやかさが加わり流麗の度を増していく。そのあとはヴィブラートやトーンが多少は変動するが、エレガントなスタイルは不変だった。45年に居を移した西海岸を中心に影響をうけた者は多い。白人ではコニッツとペッパーのほかに、ブーツ・ムッサリ、ハル・マクシック、バド・シャンクが、黒人ではバディ・コレット、キャノンボール・アダレイがいる。コールマン・ホーキンス(テナー・サックス)やロイ・エルドリッジ(トランペット)も、カーターの流麗なスタイルに触発されてスタイルを築きあげた巨人だ。

●ジョニー・ホッジス(1907‐1970)

ベシェ直系の野性派

 ホッジスはパーカーですら一目をおいたスタイリスト中のスタイリストで、ジャズ界の至宝というべき存在だった。ドラムスとピアノを経て、14歳でソプラノ・サックスを手にしている。アイドルはニューオリンズ・クラリネットの巨匠でソプラノ・サックスの開祖、シドニー・ベシェだった。のちに教えもうけている。すぐにアルト・サックスをメーンの楽器にするが、宗旨替えか職探しの都合からか不明だ。20年代の半ばにプロ入りする。初録音は27年8月のチック・ウェッブ(ドラムス)のセッションだが、未発表のままだ。

 28年5月、ホッジスはエリントン楽団に入団し、自分の楽団を率いた51年2月から55年8月までをのぞく37年半を、中心ソロイストとして過ごした。入団直後の6月に実質的な初録音にのぞみ、発売された2曲でソロをとっている。ソプラノ・サックスによる《イエロー・ドッグ・ブルース》は、ホット・ヴィブラートをともなう野性的なスタイルが鮮烈な印象を残す。アルト・サックスによる《ティショミンゴ・ブルース》は、ヴィブラートこそ小さめだがソプラノ・スタイルだ。どちらにも、ベシェの影響が容易に聴きとれる。

官能派のヴァーチュオーゾ

 しばらくはスタッカート基調のソプラノ・スタイルが続くが、29年の半ばに流麗なスタイルを打ち出し始め、7月の《ジャングル・ジャンボリー》で最初のスタイルが完成を見る。変貌を触発したのは、同僚のハリー・カーネイ(バリトン・サックス)ではないか。28年までカーネイはアルト・サックスでもソロをとっているが、ホッジスよりも流麗なのだ。カーネイがソロをとらなくなったのは、ホッジスが成長したからだと見る。このあとホッジスは、同僚のバーニー・ビガード(クラリネット)流のしなやかさも加えていく。

 30年になるとトーンはビロードの艶を帯び、ポルタメント奏法を多用した、官能美に溢れるスタイルが完成に向かう。円熟期に入ったホッジスの至芸は、40年10月の《ウォーム・ヴァレー》と11月の《デイ・ドリーム》で聴くことができる。この唯一無二のスタイルに挑んだ者がいた! 白人のチャーリー・バーネットとウディ・ハーマンがそうだ。黒人ではオリヴァー・ネルソンとローランド・カークに痕跡が窺える。成功者は、ホッジスに触発されて独自のバラード奏法を確立したベン・ウェブスター(テナー・サックス)だ。

●チャーリー・パーカー(1920‐1955)

指導者バスター・スミス

 全盛期のカンサス・シティ・ジャズに熱中したパーカー少年は33年の夏にバスター・スミス(アルト・サックス)のバンドに入り、スミスから多くを授けられる。スウィング期に残したわずかな録音に聴くスミスはカーター風で、パーカーの原形とはいえない。29年11月のブルー・デヴィルズの《スクァブリン》のトーンに近似性が感じられるが、これだけでは証拠不足だ。むしろ、パーカーがダブル・タイム奏法に執着していたというスミスの回想のほうが、パーカーが早くも8分音符基調を志向していたことが知れて興味深い。

 レスターを別格とすれば、パーカーお気に入りのサックス奏者はドーシーとトランバウアーだった。レスターがトランバウアーに夢中になったきっかけはスミスとともに聴いたレコードで、パーカーがトランバウアーを熱愛した動機はスミスに教えられたのではないかという故油井正一氏の指摘(『ジャズの歴史物語』)は正解だろう。しかし、パーカーにドーシーやトランバウアーの遺伝子は見当たらない。当時のパーカーに彼らを真似る意志はなく、アイドルはあくまでも「どこか新しい」レスターだったと見るべきかと思う。

レスター熱愛から離脱まで

 37年の初夏、パーカーはジョージ・E・リー楽団に加わり、避暑地エルダンに巡業する。この3ヵ月間にレコードでレスターの演奏を徹底研究し、カンサス・シティに戻ったときには見違えるほど腕をあげていた。パーカーの最も古い録音は、40年4月頃の無伴奏ソロ《ハニーサックル・ローズ~ボディ&ソウル》だ。長いラインは感覚的に新しいが、ノリがイーヴンで平板な感じがする。聴き逃せないのは12月のジェイ・マクシャン楽団の放送録音で、とくに《レディ・ビー・グッド》ではレスター生き写しのソロをとっている。

 41年4月の同楽団のデッカ録音と41年の末頃の私的録音でも、ときにレスター風、ときに誰ともつかないスウィング・スタイルのソロをとっている。変化が見え始めるのは同楽団の42年7月のデッカ録音からで、《セピアン・バウンス》はレスターの影をとどめつつもバップ風だ。9月の私的録音に出来あがりつつあるパーカーの姿がとらえられている。《チェロキー》はほぼパーカー、《アイ・ファウンド・ア・ニュー・ベイビー》はレスターとビ・バップの融合系で、パーカーの「スウィング・トゥ・バップ」といった趣きだ。

時代を画した天才

 43年の初め、パーカーはアール・ハインズ楽団に雇われ、ディジー・ガレスピー(トランペット)とともにビ・バップ革命に邁進する。ガレスピーとの43年2月の私的録音《スウィート・ジョージア・ブラウン》は革命前夜の両者をとらえた貴重な記録で、パーカーがガレスピーに先んじていたこともわかる。このあと、吹き込みストのせいで録音が途絶え、両者がスタイルを完成させていく過程を知る術はない。44年9月、タイニー・グライムス(ギター)のセッションで再登場するパーカーは、パーカーその人にほかならない。

 パーカーはルイ・アームストロング(トランペット)以来の広範かつ決定的な影響をおよぼした。サックスに限っても、オーネット・コールマン(アルト・サックス)が出現するまで、パーカーの影響を免れた者はいまい。パーカー以前と以後、まさに時代を画したのだ。もっとも、パーカーが強力すぎて、バップ期に見るべきアルト・サックス奏者は出ていない。バップ期では、ある程度はパーカーと距離をおけたテナー・サックス界から、デクスター・ゴードンをはじめ、レスターとパーカーの楽想を融合した巨人が輩出した。

 50年代に入ってパーカーの神通力は薄れたが、演奏の分析は進み、アルト・サックス界からパーカー派と呼ばれる連中がゾロゾロ出てくる。「もう1人のパーカー」と揶揄されるのを嫌ってテナー・サックスをメーンにしていたスティットが、再びアルト・サックスをとりあげ、名演を連発するのもパーカー没後のことだった。独自のスタイルを築きあげた名手は少なくないが、そのうえで大きな影響をおよぼしたということになると、白人ではコニッツ、黒人ではアダレイとエリック・ドルフィーを数えるのみではないかと思う。

 注:アドルフ・サックスが開発したサックス属は、ソプラニーノ、ソプラノ・サックス、アルト・サックス、テナー・サックス、バリトン・サックス、バス・サックス、コントラバス・サックスの7種で編成される。今日使われているBb/Eb系のほかにC/F系があったが、当てにしていた軍楽隊が採用を見送り早々に廃れた。ところが、C管テナー・サックスはピアノなどの楽譜を移調しないで吹けたため、10年代から20年代にかけて家庭や教会を中心に重宝される。息の根をとめたのは大恐慌だった。音楽どころではなくなったのだ。

●参考音源

[Don Redman]
The Fletcher Henderson Story (23.8-27.5 Columbia)

[Jimmy Dorsey]
The Varsity Eight 1923-1926 (24.9-25.4 Timeless)

[Frankie Trumbauer]
Tram! Volume 1/Frankie Trumbauer (23.6-29.5 The Old Masters)
The Bix Beiderbecke Story (27.2-28.4 Sony)
Bix Beiderbecke (27.9-30.9 Bluebird)

[Benny Carter]
The Complete Sessions/Charlie Johnson (27.2 & 28.1 EPM)
The Fletcher Henderson Story (28.11-31.2 Columbia)
Benny Carter 1929-1933 (29.9-33.5 Classics)

[Johnny Hodges]
Early Ellington/Duke Ellington (28.6-31.1 GRP)
Duke Ellington 1940-1942 (40.3-42.7 Bluebird)
Duke Ellington Small Groups (40.11 & 41.7 Bluebird)

[Charlie Parker]
The Complete "Birth of the Bebop"/Charlie Parker (40.4-45.12 Stash)
Early Bird/Charlie Parker (40.11-45.11 EPM)
Blues from Kansas City/Jay McShann (41.4 & 42.7 GRP)