「生涯を通しての運命的な出会いでした。それまでの20年間、私の中では字幕翻訳がやりたくてもやれない、長いウェイティングの時代が続いていた。字幕の仕事はあってもせいぜい小作品が1年に1本。それが、この映画によって、手のひらを返したように、だいたい週に1本。雨のように仕事が降ってきました(笑)」
そんな、戸田さんを字幕翻訳家の大家へと導いてくれた映画「地獄の黙示録」が、製作40周年を記念して新たなデジタル修復が施され、再編集された。「地獄の黙示録 ファイナル・カット」は、1979年の劇場公開版に話を盛り込み、30分長くした2001年の特別完全版から、さらに手を加え、20分短くしている。賛否はあったものの、カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、英国アカデミー賞でも監督賞など2部門、アメリカのアカデミー賞でも撮影賞など2部門を受賞した“不朽の名作”を、2度も編集し直すことになったのはなぜなのか。
「それはすべて、主役のカーツ大佐を演じたマーロン・ブランドのせいです(笑)。彼は確か3週間の契約だったと思うんですが、そのギャラは週に100万ドルでした。クライマックスの撮影に入ってからフィリピンにやってきたのはいいんですが、ブランドはでっぷりと太っていて、とても元グリーンベレーの大佐には見えなかった。しかも、台本も読んでいない。何にも準備していなかったのです。そして、カメラが回ると、T・S・エリオットの詩を読んで、帰ってしまった(苦笑)。高額なギャラなので撮り直しはできないし、フィルムはあるけど、どうして良いかわからない。コッポラは地獄を味わい、自殺しかけたほど苦しんだそうです」
編集作業をしているうちに封切りの予定も過ぎて、納得のいかないままに公開せざるをえなかった。
「だから、最後のカーツ大佐の台詞が何を意味しているかは、監督本人にもわからなかったのです。翻訳でも、終盤の訳文に識者からクレームがついたりもしたんですが、監督にもわからないのに、翻訳者に何がわかりますか?(笑) 最初の編集で、伝えたかったことが言い切れてないから、コッポラは特別完全版を作って、それでもまだ納得できずに、ファイナル・カットを作った。昨年の11月に、私はナパ・バレーのコッポラ邸を訪ねたのですが、そのときコッポラは、『本当に、これで最後だ』と言っていました」