国際医療福祉大学教授・和田秀樹氏が選んだ“今週の一冊”は『精神科医がみた老いの不安・抑うつと成熟』(竹中星郎、朝日選書、1500円)。
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本書は、私にとって、老年精神医学の師である竹中星郎先生の遺作である。
竹中先生が最初に老年精神医学に足を踏み入れ、私にとって最大の学びの場であった浴風会病院神経科(精神科と呼ばずこの名称だった)に在籍した仲間で年に一度忘年会のような形で集まるのだが、昨年の9月に逝去され、もう竹中先生の話が聞けないと思うと、ぽかりと心に穴が開いた感じがする。
先生が1983年に出された『老いの心と臨床』は、今でも超えるものがない老年精神医学のスタンダードと言えるものだ。実際、この本は2010年に精神医学重要文献シリーズとして再発刊されている。
その竹中先生が、高齢者の心理の真実を、一般書としてまとめられたのが本書である。
私も、老年精神医学の道に入って30年以上経つが、本書に教えられることは多い。
私も長年高齢者を診てきて、その個別性の大きさを知り、それを尊重することの大切さをいくつかの著書で説いてきたが、竹中先生は今の個別性、多様性以上に、それが生活史に基づくことを強調しておられる。
もちろん、頭ではわかっていても、なかなかそこまで踏み込めない。これには反省させられた。
本書はきわめて理論的な本なのだが、そのベースに現場の体験があるから、実践可能なのである。
そして、その人がその人らしく生きることをサポートしていくのが、医療者やケアをする人の本分だという哲学が貫かれている。
うつ病の人への投薬にしても「わずかの薬で今の生活を安定して過ごせるなら、建前論を押し付けない」というのは、私も最近気づいたことだ。
本書は、もちろん精神科医や看護師、ケアスタッフにとっても、非常に勉強になるものだが、高齢者の介護をする家族、あるいは、その予備軍にものすごく役に立つものである。本書にも書かれているように、その心理的背景や一般的な特徴を把握できれば、あわてなくて済み、冷静に介護できるからだ。