作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は安倍晋三首相の家庭環境について考える。
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静岡県御殿場市に虎屋のカフェがあり、その日本庭園は一見の価値があるらしいよ~、と友人に誘われた。行って初めて知ったのだが、そこは東山旧岸邸と呼ばれ、10年ほど前から虎屋が管理運営しているものだった。現総理の祖父の自宅だ。
1969年に建てられ、岸信介最後の住まいとなったこの家は、敷地約5700平米の自然の中にある。まるで寺院に迎え入れられるような厳かな山門をくぐりぬけ、天を突くように茂る竹林の先に、なだらかな丘、水面がきらめく小川、様々な樹木が完璧に配置された美しい庭園が広がる。冷たく澄む2月の空気を鼻の奥に感じながら、その豊かさに圧倒された。
「この庭で、安倍さんは遊んでいたんだね」
友人がぼそっと言う。どら焼き目当てのフラリ旅、誰か著名人の邸宅らしい、という適当な情報だけで訪れたので、心の準備がなかった。景色をただ味わいたいのに、小さな晋三が走る幻想がちらついてしまう。
「なんで、あの人たち、こんなに金持ってんの?」
友人の素朴な疑問に心がざわつき、虎屋のあんこがしょっぱい。
『わたしの安倍晋太郎』(92年)という本がある。安倍さんの母・洋子さんが夫の死後に書いたものだ。タイトルに夫の名が入ってはいるものの、多くは父の岸信介のこと、そして岸家、佐藤家、安倍家という長州派閥の力、自身のファミリーストーリーである。例えば長男の結婚式はニューオータニ(関係が深いんですね)で、誰を呼んで、何人来たとか、そういう細かな記録一つ一つが、権力の縮図なのだ。
それにしても洋子さんと息子は、言葉遣いや思考回路がよく似ている。例えば父に向けられる批判を「罵詈雑言」と言ってみたり。学生のデモ隊に対して「背後に誰かがいておどらされている」「日当をもらっている」と陰謀論を展開したり。「声なき声」は安保に賛成なのだと父の言葉を借り記したり。