五年ほど前の春、縁台に置いたメダカの水槽のすぐそば(雨戸の陰)でアシナガバチが巣作りをしていた。一匹しかいないから女王蜂だろう。一週間ほどでシャワーヘッドのような巣(巣穴は三つか四つ)ができて、そこに女王蜂は卵を産みつけたようだった。

 わたしはインターネットでアシナガバチを調べた。画像を見ると、うちにいるのはセグロアシナガバチらしい。比較的おとなしいハチで、ひとを刺すことはあまりない。毛虫やバッタなどを獲(と)って肉だんごにし、幼虫に与えるという。こちらが頼みもしないのに庭の害虫をとってくれるのだから、なんとよくできた賢いやつではないか。わたしはよめはんに、「いま、アシナガバチのかあさんが一所懸命、お家を作ってはるから、ちゃんと保護するようにな」と厳命した。

 それからしばらくしてハチの子供が孵化(ふか)したらしく、巣作りを手伝いはじめた。シャワーヘッドは見るまに大きくなり、ハチの数も三、四十匹に増えた。わたしはいつも巣のそばでメダカの世話をしているからハチも警戒するようすはなく、肉だんごをくわえて飛びまわっていたのだが……。

 秋、よめはんが腕を刺された。「痛いよう、痛いよう」と泣く。「なんで刺されたんや」「だって、メダカに餌やってくれ、というたやんか」「ハチもえらいな。こいつは見慣れんやつやから刺しといたろか、と思たんや」「なんやの、その言いぐさ。腫れてきたやんか」「ごめんなさい。おれがわるかった」ハチの代わりに謝った。

 次の年、アシナガバチはモチノキに巣を作ったが、懲りないよめはんはまた刺されて泣いていた。

週刊朝日  2020年2月28日号

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