TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は「ゴッホと街中華、ココイチのカレーから考えるモノづくり」について。
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「ゴッホ展」を上野の森美術館に観に行った。てんかんの療養中のゴッホが、死の前年に描いた「糸杉」を前にして僕は一歩も動けなくなり、閉館時間ぎりぎりまでその作品の前にいた。
ゴッホの気迫が満ち満ちた絵だった。炎となって天に伸びる一本の糸杉。計り知れない樹木のパワーで雲も、野原もぐるぐると渦を巻く半面、画面右上の細い三日月と遠くに見えるアルピーユ山脈がその光景をただ静かに眺めている。
鑑賞後の興奮を冷まそうと美術館を出て散歩することにした。上野寛永寺を通り過ぎ、鶯谷駅まで歩き、そこから山手線に乗って日暮里駅前「馬賊」という街中華に入った。モチモチの手打ち麺がウリのその店で新年会が待っていたのだ。
東大名誉教授のロバートキャンベルさんが館長をしている、20万点にも及ぶ古典籍を所蔵する国文学研究資料館の先生方も揃ってまずは乾杯となった。
「私、街中華が大好物なんです」と国文研特任助教の有澤知世さんが微笑んだ。言論サイト「論座」で鋭い言説を展開している彼女は江戸戯作が専門で、ご主人は京都の名店「食たく かとう」のオーナー兼料理人である。有澤さんは週末に京都に戻って店に出ている。ウィークデー研究者、週末は女将というわけだ。そんな彼女が、街中華が好きとは?
「うちの夫もこういう料理が大好きですよ。最近はココイチ(CoCo壱番屋)に凝っていて(笑)」
そういえば番組のゲストにいらした、予約の取れない「賛否両論」オーナーシェフ笠原将弘さんも仲間でそういう類いの店に行くと言っていた。
有澤さんのご主人によれば、ココイチのカレーは決してわかりやすい美味しさではないのだという。わかりやすい美味しさというのは実は飽きやすいもの。だからコース料理にしても、料理人はひとつひとつの料理を美味しすぎないようにするのが大切と心得ているという。ココイチのカレーもその部分が十分に研究され、絶妙なさじ加減を感じるそうだ。