原恵一さんと初めて会ったのは、2001年の初夏、劇団☆新感線パンフレットでの対談でした。
当時、原さんは、シンエイ動画で映画とテレビどちらもあわせて、アニメ『クレヨンしんちゃん』の監督をされていました。
その年、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲』が公開されて、そのあまりのおもしろさに、「是非、原さんとゆっくり話がしてみたい」と思い、こちらから対談をお願いしたのです。
当時、僕はまだ双葉社の編集者だったのですが、『クレヨンしんちゃん』関係の仕事ではなかったため、アニメスタッフに会う機会がありませんでした。
昭和のノスタルジーに逃げ込む大人と未来しかない5歳児との対立というモチーフは、当時、自分がボンヤリと感じていた気分をはっきりと形にされた気がして、映画を見ながら「やられたなあ」と圧倒されていたのです。もちろんそんな観念的なことばかりじゃなく、娯楽映画としても文句なく面白かった。
同い年だと言うこともあり、いろいろと興味深い話が聞けました。作られてきた作品を見て、多分そうだとは思っていたのですが、いわゆるアニメオタクではないからこそ、アニメに対して適度な距離感を持っているのが印象的でした。
翌年のしんちゃん映画、『戦国大合戦』も傑作でした。
これだけしっかり戦国時代の合戦の様子を描いた映像作品を見たことがなかった。
ただ、「これだけの作品をつくってしまうと、ここから先、『クレヨンしんちゃん』を作るのは厳しいんじゃないかなあ」という気持ちにもなりました。
『戦国大合戦』は傑作でしたが、原監督が『クレヨンしんちゃん』という枠組みを捨ててでも、『映画』という方向性を選んだように思えたのです。
案の定、ほどなくして原さんはシンエイ動画をやめて独立されました。
そのあと作ったのが、『河童のクゥと夏休み』、『カラフル』です。どちらも素晴らしい作品です。
ただ、アニメ表現には向かないシーンを物語のクライマックスに置くなど、あえてアニメという表現の枠組みに挑戦している気がしました。
今の売れ筋のアニメ的な手法とは一線を画したところで、自分の作品作りに挑んでいる孤高の人という印象を受けたのです。
本人にそう言うと、「そんなことないですよ」と否定されるのですが、僕にはそう思えて仕方なかった。
だから、その原さんが、実写映画を撮られると聞いたときはむしろ当然に思えました。
でも、ちょっと経緯は違ったようです。
原さんの実写初監督作品『はじまりのみち』は、木下惠介監督を題材にした映画です。
彼が戦中に軍部ににらまれて映画が撮れなくなった時期、脳卒中で寝たきりの母親を疎開のためにリヤカーに乗せて山を越えていったという逸話をもとにしています。
僕は、母と子の哀感などというベタベタな人情劇は苦手です。
それまでの作風から考えて、原さんがそういう映画を撮るはずもないが、最初の実写でこの地味なエピソードをどう映像化するのだろうかと、期待と不安を半々に試写を見せてもらったのですが、心配は杞憂に終わりました。
確かに登場人物も多くない。派手なエピソードがあるわけでもない。
でも、見終わったとき、大きく心を揺さぶられた自分がいました。
映画を撮ることが困難になった男が、再び映画を撮ろうと決意する。その息子を信頼する母親がいる。
セリフで多くを説明しない。それでも登場人物の気持ちは痛いほど伝わる。
見事な映画になっていました。
木下惠介は、かつては黒澤明と人気も評価も二分した監督ですが、今では語られることが少なくなっている監督です。
僕も最近は古い日本映画が好きで、中平康や川島雄三、増村保造、初期の市川崑、岡本喜八などはよく見ています。でも木下監督作品は殆ど見ていなかった。
黒澤監督のように骨太で男らしい作風と対比して、『二十四の瞳』や『喜びも悲しみも幾年月』などヒューマンドラマを得意とする監督というイメージが強いのですが、大ファンである原さんは、ずっと前からそれに不満を抱いていた。もっと鋭く幅の広い監督だというのです。原さん曰く「木下惠介はパンクでロックだ」と。そのことをもっと世間に知って欲しかった。だから今回も、実写映画が撮りたかったというよりも、木下監督の映画だから撮るという動機が強かったらしい。
準備期間も短く予算も潤沢ではなかった。そういう厳しい条件ではあったけれども、原さんは見事に実写初監督をやりとげたのではないでしょうか。
この映画を見ると、原恵一と木下惠介、二人の映画監督のことが気になり、他の作品を見てみようという気になると思います。
▽映画「はじまりのみち」 6月1日公開
監督・脚本:原恵一/出演:加瀬亮、田中裕子ほか
http://www.shochiku.co.jp/kinoshita/hajimarinomichi/
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