「多剤服用による副作用で認知症のような症状を示す事例は増えています。若い人と比べると、高齢者は薬を代謝する肝臓や排出する腎臓の機能が衰えるため、リスクも高くなる」(橋本医師)

 それにもかかわらず、高齢者ほど薬の数が増えているというデータもある。厚生労働省によると、1人の患者が1カ月に一つの薬局で受け取る薬の数が7種類を超える割合は、40~64歳で10%、65~74歳で13%、75歳以上で24%。これが5種類以上だと、それぞれ24%、28%、41%となる。

 橋本医師によると多剤服用の原因のひとつに「いつのまにか診断」があるという。たとえば、うつっぽい症状があっただけのAさんの例。B病院で症状を伝えると「抗うつ剤を試してみましょう」と言われて抗うつ剤を飲み始める。それでも症状がよくならないのでC病院に行く。C病院でAさんは「B病院で抗うつ剤をもらっている」と伝えると、「うつですね。薬を増やしてみましょうか」と薬を追加される。こうして、ただのうつ症状だったAさんはいつのまにか「うつ」と診断され、複数の薬を服用することになる。

「認知症の場合もそうです。物忘れが多くなり、相談に行った病院で『認知症予防薬を飲んでみましょうか』と言われて薬を飲み始める。これもいつのまにか診断。多剤服用の入り口になりやすい」(同)

■減薬に踏み切る判断は難しい

 埼玉県の70代男性の場合も、物忘れがひどくなり、かかりつけの医師に相談に行き、そこで専門の認知症外来のある病院を紹介されたのが始まりだった。専門病院で検査をした後、アルツハイマー病の疑いがあるとされ、予防薬を飲み始めた。もともと高血圧と高脂血症の薬を飲んでいたところに、アルツハイマー予防薬と睡眠導入剤、精神安定剤、胃薬などが追加されたことになる。認知症の症状は一進一退だったが、数年後、心筋梗塞を起こし入院。抗血栓薬、睡眠薬、便秘薬など10種類近い薬を飲むようになると、せん妄、不眠、よだれなどの症状が出た。家族が入院先の心臓外科医に服用薬の相談をするとアルツハイマー予防薬、精神安定剤の服用を中止。すぐにせん妄、よだれの症状が改善され、まもなく退院した。家族が医師に服用薬の相談をしなかったら、心臓外科医は認知症の薬をやめる判断はしなかったと話したという。

 なぜこの心臓外科医は相談されるまで薬の中止を決断しなかったのか。千葉大学医学部附属病院薬剤部の新井さやか医薬品情報室長は、「多剤服用には“これが原因”というはっきりしたものはありませんが、医師の側、患者の側ともに減薬に踏み切れない理由がある」として、こう話す。

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