人間の女性へ募る恋の話。春樹さんの語りから立ち現れたのは初老の猿だった。己の人生に誠実で、気遣いとペーソスに溢れ、誰もがその話に耳を傾け手を差し伸べたくなるような猿があたかもすぐそばにいるような臨場感で現れ、会場のそこかしこから笑いが生まれた。
川上さんが「夏物語」「たけくらべ」を読み、編集者でカメラマンの都築響一さんが飛び入りして春樹さんとの温泉旅行の話で会場を沸かせ、ラストのコーナーでは、春樹さんと川上さんが相手の作品を読んだ。
春樹さんが「ヘヴン」を読むと、川上さんは「ノルウェイの森」を手に取り、直子の手紙を朗読した。「……鳥もウサギも元気です。さよなら」
倉本聰さんにラジオドラマを作っていただいた時、音しかないラジオは究極の映像表現なんだよと教えてもらった。ラジオで「赤」と言えば、リスナーは十人十色の「赤」を思い浮かべる。聴く人のそれぞれに映像が生まれ、思い出と結びついていつまでも忘れられない記憶になる。会場では約450人の観客が二人の朗読に聴き入った。青春の名残や切なさにしみじみとした言葉のイベントだった。
※週刊朝日 2020年1月24日号