柔道ファン以外には、まだ、それほど知られた存在ではないだろう。素根輝と書いて<そね・あきら>とよむ。2020年東京五輪の柔道日本代表に第1号で選ばれた。女子最重量級の78キロ超級で金メダルをめざす。
「初めての五輪は想像がつかない。どんな重圧や不安と闘うことになるのかなって」
19年8月の世界選手権で初優勝を果たすと、同11月のグランドスラム大阪を制覇。元世界女王の朝比奈沙羅(23)を一気に逆転し、五輪切符をつかみ取った。
身長162センチ、体重110キロ。この階級ではひときわ小柄だが、本人は、この体こそ「武器」だと胸を張る。下から突き上げる巧みな組み手で相手を消耗させ、軽量級のような俊敏な動きで懐に飛び込む。見上げるような大きな相手も、切れの鋭い背負い投げや大内刈りで投げ倒す。
無尽蔵の体力や大きな海外勢にも潰されないパワーは、「誰にも負けない」と自負する練習量の成果だ。福岡県久留米市出身。父の行雄さんは柔道経験者で、3人の兄は先に道場に通っていた。末っ子の素根が小学1年で柔道を始めたのは自然の流れだった。以来、道場で、部活で、父が自宅に設けた練習部屋で柔道漬けの日々を送ってきた。乱取りは納得がいくまでやり通す。腕や肩の力が弱点と言われれば、就寝前の200回の腕立て伏せを日課にした。座右の銘「3倍努力」を地で行く稽古の虫だ。
家族の支えも大きい。高校時代から練習相手を務めているのが長兄の勝さん(23)。ほぼ同じ体形で、えびす顔もうり二つの兄と妹は二人三脚で戦ってきた。素根が練習相手に不足なく稽古に打ち込めるのは、何万回と組み合った兄のおかげ。大会前には対戦相手の対策を練る参謀役にもなる。最強の「付き人」だ。
19年春、素根は環太平洋大(岡山市)に進学。勝さんも妻子を連れ、職場も変えて妹のそばに移り住んだ。
「自分は福岡県で3、4番手の成績しか残せなかった。輝はすごい。いろいろな経験をさせてもらって感謝しています」
と勝さんは言う。五輪まで残り約200日。素根も兄の支えを実感する日々だ。
「何もかも自分のためにやってくれている。結果で恩返しするしかない」
(朝日新聞スポーツ部・波戸健一)
※週刊朝日 2020年1月3‐10日合併号