広瀬すずが演じる若き日の愁里愛には次々に苦難が襲いかかる。
瑯壬生を愛するあまり彼女は叫ぶ!
「仇はあなたの名前だけ……。その名を捨ててもあなたはあなた。名前を捨てて私のすべてを手に入れて!」
このセリフにSNSなどネット文化=無名性が跋扈(ばっこ)する現代への風刺が見受けられた。
演目の副題に“Inspired by A Night At The Opera”と記されている。「クイーンが愛する日本で、彼らの名盤『オペラ座の夜』の世界観を舞台にできないか?」というオファーを野田が受け、構想2年。フレディ・マーキュリーと松たか子の澄んだ声が見事にハモり、東京芸術劇場のステージから天空へと届かんばかりに伸び、僕は登場人物と人生の高い峰を登っている気分になった。
艱難と辛苦を乗り越えながら恋の歩を進め、山の頂(いただき)に達すれば人生の絶景が堪能できる仕掛けだった。
松たか子は過酷な運命の先回りをして、悲運を招く悪役たちを殴りはね退け、ポジティブにストーリーを修正しながら物語を牽引する。まるでキリストの絶対愛に包まれるような大団円にはため息をついた。溢れる涙がワイパーとなって人生の絶景はいよいよクリアになった。
※週刊朝日 2019年12月27日号