その存在感は唯一無二。日本の現代演劇を世界に発信し続ける演劇界のレジェンド・白石加代子さんが、ステージを降りたときに大切にしているのは、“日常”と“健康的な食生活”だった。
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22年前の12月、白石さんは、世田谷パブリックシアターの舞台に立っていた。演目は、「常陸坊海尊(ひたちぼうかいそん)」。常陸坊海尊とは、源義経の忠臣として都落ちに同行し、奥州平泉での衣川の戦いを目前にして主人を捨てて逃亡し生き延び、不老不死となって源平合戦の次第を人々に語り聞かせたと言われる伝説の人物だ。演じたのは、海尊の妻と称するイタコのおばば。戦後を代表する劇作家・秋元松代さんの最高傑作を、蜷川幸雄さん、釜紹人さんの共同演出で上演した。
「私自身、『すごい作品だ』と思いながら恐る恐るおばばを演じてはみたものの、思い返すと、“あそこはこうだったかもしれない”とか、“もっとできたんじゃないかなぁ”という思いが、後々まで残ってしまったんです」
すると、最近になって、「どうやら長塚圭史さん演出で上演されるらしい」という情報が、白石さんの耳に飛び込んできた。
「それを聞いた瞬間、『おばばの役を、私以外の誰かが演じるのは嫌だ!』と思ってしまったの(笑)。制作の方に確かめたら、私のスケジュールと少し重なっていたものの、そこはご相談して調整することができて。何とかゴリ押しに成功しました(笑)」
長塚さん演出の舞台には、オリジナルや翻訳物など、過去3作品に出演したことがあった。
「日常を描いている作品であっても、背後にある暗闇を丁寧に掘り下げていく。どんな難物も、怯まず演出をなさっていくんですが、一人だけどんどん先に行って、演者を置いてきぼりにするようなことがない。必ず、日常的な言葉を使って、優しく話し合いながら解釈を深めていくのです。真っ暗な中を、みんなで手をつないで降りていこうとするようなその演出法が、私はとても好きなんです」