藤巻 私はXデーに備えよと言い続け、「オオカミ少年」ならぬ「オオカミお爺さん」と言われている。確かにXデーは来ていないので、警告は外れたと思われるかもしれない。だが、これまで危機が来なかったからといって、これからも安全だという証明にはならない。
私は危機が先延ばしされているだけだと思う。かつて山一証券が破綻したように、損失を“飛ばし”て一時的に見えなくしている。財政ファイナンスは禁じ手中の禁じ手で、まさか政府や日銀がやるとは思っていなかった。常識外のことをやっているから今は平穏に見えるが、ひずみはたまっている。
長男ケンタに、「政府や日銀の担当者は自分がいるときにXデーを迎えたくないと追い詰められた。『窮鼠、猫を噛む』ではないが、後先考えずに常識外のこともやる。それをよめなかったお父さんは、もうディーラーとしては失格だね」と言われた。
財政赤字が急速に膨らんでいた時、「政府の赤字と家計の赤字とは意味が違う。政府には徴税権があるからだ」と主張する論者がいた。借金が膨らめばいつかは増税をしなければならないということだ。しかし、国民は消費増税などには猛反対するので、大増税はしにくい。
政府に残る手段はインフレ税。インフレになってお金の価値が下がれば、政府の借金は実質目減りする。債権者の国民から債務者の国に所得移転が生じるので、増税の別形態といえる、これだけの借金をインフレ税で対応しようとすれば、ハイパーインフレにするしかない。政府には好都合だが、国民にとっては“地獄”のような生活が待っている。
ハイパーインフレにいったんなってから、それを鎮静させるため政府が取る手段は三つ考えられる。一つ目は法定通貨を円からドルに代えること。これは独立国家としての日本の尊厳を傷つけるからできない。
二つ目は預金を自由に引き出せなくする預金封鎖と新券発行。終戦直後のハイパーインフレの時は、新券発行が間に合わず、当初は旧券に証紙を貼って対応した。国が密(ひそ)かに新券や証紙を用意しようとしても、ばれたらパニックになって取り付け騒ぎが起きる。みんな自分のお金を守ろうと預金を引き出したり、円を外貨や貴金属などに換えたりするためだ。どうやって国は備えておくのかなと思っていたら、1万円札のデザインを福沢諭吉から渋沢栄一に2024年度から切り替えるという。
新しい1万円札を準備しておけば、万が一Xデーがすぐ来ても対応できる。いまの福沢諭吉の1万円札を使用中止にして、渋沢栄一の1万円札だけ使えるようにすればいい。引き出せる枚数を制限したり、いまの1万円札と新しい1万円札の交換レートを設定したりすることもできる。もちろん可能性は今の時点では低いし、いざやろうとすると国民の反発を招くが、全くの想定外の話というわけではない。
三つ目は日銀を実質的に破綻させること。これはドイツでもあったことだ。終戦後に中央銀行のドイツ帝国銀行(ライヒスバンク)がなくなり、ライヒス・マルクは使えなくなった。そして新しくドイツ連邦銀行(ブンデスバンク)が設立され、ドイツ・マルクを使うようになった。
中央銀行を破綻させることで、それまで発行してた紙幣の価値を大幅に目減りさせる手法だ。私は日本の鎮静策は、三つ目のケースになるのではないかと思っている。
いまは憲法で私有財産権が保障され、預金封鎖をするのは極めて難しい。でも、日銀を実質的に破綻させる手法ならできるかもしれない。円は日銀の負債にすぎないからだ。企業が倒産してしまうと、「借金を返済しないのは私有財産権の侵害だ」とは貸し手は主張できない。それと同じだ。
日銀が債務超過になり信用が失われれば、日銀が発行する紙幣の価値が低下するのは避けられない。みんなが持っているお金が“紙くず”になっても、憲法違反とまでは言いにくいのだ。