2020年東京五輪で活躍が期待される選手を紹介する連載「2020の肖像」。第8回はレスリング女子57キロ級・川井梨紗子(24)。日本中が注目した伊調馨(35)との五輪金メダリスト対決を制し、2020年東京五輪代表の座をつかんだ。指導者のパワハラ騒動も乗り越えて、お家芸の系譜を継ぐエースに成長した。62キロ級の妹・友香子(22)との「姉妹で金」へ、もう迷いはない。朝日新聞社スポーツ部・金子智彦氏が、川井の苦悩と成長の軌跡をたどる。
* * *
「勇気! 負けないよ!」「最後は気持ちだよ!」
9月、カザフスタン・ヌルスルタンであった世界選手権。16年リオデジャネイロ五輪金メダルの川井は、母・初江さん(49)と観客席から、マット上で戦う62キロ級の妹・友香子(至学館大)に向かって声を張り上げた。友香子は敗者復活戦から勝ち上がって銅メダルを獲得。姉妹での東京五輪出場を決めた。
自身が3年連続の頂点に立った前日は、妹が3回戦で敗れたこともあり、「喜びきれなかった」と話した川井もやっと破顔一笑。そんな姉に対し、友香子はこう言って感謝を告げた。
「12月に負けてから、もう無理かなと思うこともあったけど、頑張ってくれて。本当にありがとう」
昨年12月の全日本選手権決勝。川井は長年の憧れでもあり、「壁」でもあった伊調馨(ALSOK)に敗れた。世の中は個人種目で前人未到の五輪5連覇をめざす伊調の復活劇に沸いた。川井は、
「周り全部が敵に見えた」
そう思わざるを得なかった背景には、恩師の栄和人氏(59)による伊調へのパワハラ騒動があった。
日本レスリング協会の第三者委員会は昨年4月、伊調と田南部力コーチ(04年アテネ五輪男子フリースタイル55キロ級銅メダル)への4件のパワハラ行為を認定した。栄氏は協会の強化本部長、至学館大監督の職を相次ぎ失った。
今なお法廷で争う栄氏と田南部氏による遺恨。川井と伊調の戦いを、
「代理戦争」
とはやす声もあった。