
大物への可能性を秘めた新世代ピアニストの新作
Blues Vignette / Gwilym Simcock
イギリスの新世代ピアニストを紹介したい。1981年に生を受け、教会のオルガン奏者だった父親から幼くしてピアノの手ほどきを受けた。クラシック音楽を学んでいた15歳頃、即興演奏クラスの教員が作ってくれたカセット・テープを聴いてジャズに傾倒。その中にはキース・ジャレットとパット・メセニーが収録されていたという。ロンドンの王立音楽院でジョン・テイラーに師事し、在学中にティム・ガーランド・グループで演奏するなど、ジャズの才能を発揮した。その後ビル・ブラッフォード“アースワークス”に参加し、来日公演も行っている。
2007年リリースの初リーダー作『パーセプション』はトリオを基本に、サックス、ギター、パーカッションが加わったオリジナル曲主体の構成で、シムコックの演奏力とセンスの良さを印象づけた。2008年の「イヴニング・スタンダード」紙では「ロンドンで最も影響力のある1000人」の1人に選ばれており、現地ではジャズ界の枠を超えて注目が高まっていることを物語る。
2年ぶりとなるリーダー第2弾の本作は、前作とはコンセプトが異なる2枚組だ。ディスク1は#1~8がソロ・ピアノ。グリーグのピアノ協奏曲を素材にした#2では、キース・ジャレットを想起させるアプローチを聴かせ、シムコックのルーツを浮き彫りに。R&Bの名曲#3はジャズ・ピアニストのカヴァー例は少ないが、原曲のドリフターズではなくジョージ・ベンソン経由の選曲動機かもしれない。
内部演奏やピアノのボディを打楽器のように叩き、躍動的なプレイによって独自性を演出する。21分のチェロとのデュオ2曲は、シムコックのクラシック・サイドに光を当てた格好。ディスク2はトリオで、前作とはベース、ドラムスともメンバーが交代している。
トリオ・サウンドは現代ヨーロッパのトレンドとも重なるもので、ぼくはベルギーのイヴァン・パドゥアに通じる音楽性を感じた。じっくりと楽曲を展開させて、劇的にクライマックスを演出する手法にも好感。そんなシムコックは意外なアイデアを盛り込んだ。スタンダード・ナンバーの#4、6、7が揃って歌ものであり、#7はブラッド・メルドーもカヴァーしていることから、そこに影響関係を見い出すことも可能だ。
ジャンゴ・ベイツ以来の英国鍵盤奏者へと成長するか。現時点ではそのポテンシャルを秘めた才人だと言っておこう。
【収録曲一覧】
Disc 1
1. Little People
2. Exploration On Mvt II Of Greig Piano Concerto
3. On Broadway
4. Improvisation I ? Statues
5. Improvisation II ? Letter To The Editor
6. Improvisation III ? Be Still Now
7. Caldera
8. Jaco And Joe
Suite For Cello And Piano
9. Part 1 Kinship
10. Part 2 Homeward
Disc 2
1. Introduction
2. Tundra
3. Blues Vignette
4. Black Coffee
5. Longing To Be
6. Nice Work If You Can Get It
7. Cry Me A River
8. 1981
グウィリム・シムコック:Gwilym Simcock(p) (allmusic.comへリンクします)
カラ・ベリッジ:Cara Berridge(cello)
ユーリ・ゴロウベフ:Yuri Goloubev(b)
ジェームス・マッドレン:James Maddren(ds)
2009年作品