『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルVol.1』
『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルVol.1』
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●“ジャズの神様”と言われた男

 ジャズ・ファンをめざした皆さんにとって、最初に立ちはだかるヤヤコシクも気になるミュージシャンがチャーリー・パーカーではなかろうか。世間では(といってもマニアックな世界での話だが)、ジャズの神様みたいに言われているけれど、反面、あんまり親しく耳にしたことはない。同じ超弩級ジャイアンツ、マイルス・デイヴィスなら誰でも一度くらい演奏を耳にしたことはあると思うが、パーカーとなると代表的な演奏曲目ですら知っている人は少数だろう。

 一方、「ジャズ耳学問派」の人たちが好んで語るジャズマン伝説のなかでも、飛び切り強烈なインパクトを与えるのがパーカー神話だ。演奏中、居眠りをしていても自分のパートがくるとパッと立ち上がり、人間ワザとは思えない猛スピードでアドリブを吹きまくったとか、人種差別が厳しかった時代にもかかわらず、やたら白人女性にモテまくったとか、ジャズマンが特別な人間であることを印象付けるエピソードが山のようにある。

●新発明“アドリブ”というゲーム

 1920年生れのパーカーは、生れ故郷のカンザス・シティで当時売り出し中のカウント・ベイシー・オーケストラを聴いてジャズに目覚めた。とりわけベイシー・バンドのスター、レスター・ヤングのテナー・サックスがお気に入りで、10代のパーカーは、レスターのレコードを抱えて山に籠もり、一生懸命に彼の演奏をコピーしたという。

 ところがパーカーの楽器はテナーより小ぶりで音域も高いアルト・サックスなので、洒脱で余裕タップリなレスターとは正反対のハイスピード演奏をパーカーは得意とした。加えてパーカーは、それまでのジャズにない新発明を行なった。メロディーにはその旋律に合うような和音(「ドミソ」とか)が付いており、その和音は旋律の変化にともなって音の組み合わせを変えていく。ポピュラー音楽ではこの和声の変化を「コード進行」と呼ぶが、パーカーは発想の逆転を行ない、コード進行には合っている(不協和音にはならない)けれど、元のメロディーとは異なる旋律を吹いてしまうという手法を編み出した。

 これがいわゆるジャズのアドリブで、コードという一定のルールのなかで、いかにカッコよいフレーズを即興で演奏するかという、ジャズならではのスリリングなゲームをパーカーは始めたのだ。このゲームの聴きどころは、卓越した技術と高度な集中力によって生み出される、ただならぬ緊張感、ナマナマしさだ。言ってみれば、「練り上げ」によって得られる完成度より、一瞬の感覚の冴えによって聴き手のハートをわしづかみにしてしまう遣り口をパーカーは選んだのである。

●“モダンジャズ”の開祖

 この、パーカーや、彼と音楽的志を同じくするトランペッター、ディジー・ガレスピーたちが始めた刺激的音楽は「ビ・バップ」と呼ばれ、ジャズの演奏スタイルを一新させてしまった。1940年代半ばに誕生した「ビ・バップ」は、その本質的な新しさのために「モダン・ジャズ」と呼ばれ、以後1960年代頃までのさまざまなジャズ・スタイルを総称するようになった。私たちがなにげなく使っているモダン・ジャズという名称もパーカーから始まったわけで、それだけに彼の影響力は絶大だ。アンチも含めれば、彼の存在とかかわりのないジャズ・ミュージシャンはいないといっても過言ではないだろう。

●“テイク”による違いの面白さく

 そのチャーリー・パーカーの代表的名演集が、この『チャーリー・パーカー・ストーリー・オン・ダイアルVol.1』である。この時代(1940年代)のCDを聴くときに注意してほしいのは、後のLP時代と違いSPフォーマットで発売されたものを集大成したので、「アルバム」としての完成度を要求してはいけない。たとえば、冒頭に収録された《ディギン・ディズ》は録音の状況もいまひとつで、LPならまず冒頭にもってくるはずのない曲だ。

 だから購入するとき、1曲目を聴いて「パーカーって、こんなもの?」と思ってはいけない。別の日に録音された《ムース・ザ・ムーチェ》から《チュニジアの夜》までのセッションが、このアルバムの目玉だ。また、同じ曲が何曲も収録されているが、それはパーカーの演奏はミステイクも含めて聴く価値があるという判断によっている。テイクごとにパーカーは異なるアドリブをとっているので、注意深く聴けば、テイクによる違いの面白さまでわかるようになるだろう。とりわけ、パーカーが「こんな演奏はもう出来ない」と言ったと伝えられる《チュニジアの夜》のミステイクは、途中で途切れているにも関わらずマニアの間で珍重され、《ザ・フェイマス・アルト・ブレイク》として記録されている。

 そしてパーカー伝説に必ず出てくる、麻薬が切れ、朦朧とした意識のなかで行なわれた《ラヴァー・マン》のセッションもこのアルバムに収録されている。彼はこの録音の直後、ホテルの自室に火をつけ、カマリロ病院に収容された。

【収録曲一覧】
1.ディギン・ディズ
2.ムース・ザ・ムーチェ
3.ヤードバード組曲
4.オーニソロジー
5.フェイマス・アルト・ブレイク
6.チュニジアの夜
7.マックス・メイキング・ワックス
8.ラヴァー・マン
9.ザ・ジプシー
10.ビバップ
11.ジス・イズ・オールウェイズ
12.ダーク・シャドウズ
13.バーズ・ネスト
14.ホット・ブルース(クール・ブルース)
15.クール・ブルース(ホット・ブルース)
16.リラクシン・アット・カマリロ
17.チアーズ
18.カーヴィン・ザ・バード
19.ステューペンダス

チャーリー・パーカー:Charles Parker Jr, (allmusic.comへリンクします)

→アルトサックス奏者/1920年8月29日 - 1955年3月12日