『同棲時代』という作品をご存じでしょうか。
70年代、「同棲」という言葉をはやらせたほど人気があった上村一夫氏の劇画です。
当時はまだ結婚前の男女が一緒に暮らすことに、世間的な抵抗が大きかった。その分、若者達は、自分たちの新しいライフスタイルとして同棲という形を支持した。
この時期、戦後に生まれた世代が20歳になり、それまでの価値観や規範を覆していこうとする動きの中の一つだったのでしょう。
まだ小学生だった僕も、そういう世の中の動きは感じられました。
もっとも世に広く知れ渡ったのは由美かおるさん主演で映画化され、大信田礼子さんが歌う主題歌とともにヒットしてからかもしれません。
全裸の由美さんが後ろ姿で立っている映画のポスターは衝撃的でした。当時は今と違って町のあちこちに映画の宣伝用ポスターが貼られていましたからね。街角で出くわすと、小学生でもドキドキしたものです。
連載されていたのはweekly漫画アクション。当時は『子連れ狼』『ルパン三世』などなど、さまざまなヒット作がひしめいていました。もちろんこの『同棲時代』も、その時代を代表する作品の一つです。
但し、あまりにもその時代の気分と近しいところにいる作品は、時がたつにつれて忘れ去られてしまうことがある。
『子連れ狼』や『ルパン三世』が、今でもよく人の口の端に上っているのに比べて、『同棲時代』は今ではある世代以上でないと知らないタイトルになっています。作者が早くに亡くなっているせいもあるのかもしれませんが。
僕自身、「ああ、そんな作品もあったなあ」という認識でした。
ましてや、この作品がドラマ化されていたことなどすっかり忘れていました。
その作品と思わぬ再会をしたのは2009年のことでした。
当時はまだ双葉社に勤めていました。
ある日、先輩が大掃除をしていて、古いビデオテープを処分しようとしていたところにたまたま出くわしました。
ユーマチックという、昔テレビ業界で使われていたテープです。
見ると「TBS 同棲時代」と書いてある。
「捨てる前に中身を確認したほうがいいな」と、直感的に思いました。
今でこそ、テレビドラマはオンエアだけでは終わらない。CSやBSで再放送されるし、DVDなどパッケージ化もされる。ですが、かつては収録に使うビデオテープが高価だったので、一度オンエアされた番組は消されて、その上に新しい番組を収録して使っていたのです。
おかげで、フィルムではなくビデオ収録の昔のテレビ番組は、見たいと思っても、すでに消去され番組そのものが残っていないということがままあった。
たとえば、小学生の頃夢中になった作品に、『タイム・トラベラー』というNHKのドラマがありました。筒井康隆氏の『時をかける少女』の最初の映像化です。この作品もテープが上書きされてもう現存していないといわれていたのですが、これがたまたま一般の人がビデオテープに録画していたものが、最近になって見つかった。放映当時は家庭用のビデオデッキなんてとても高価で一般にはまったく普及していなかったのですが、家が電器店だったとかで、最終回だけ録画していたらしいのです。おかげで最終回だけでもDVDが発売され、僕も見ることが出来た。
また同じくNHKの大河ドラマですが、『風と雲と虹と』という平将門を主人公にした作品が、最初は総集編しか残ってないと思われていたのですが、のちにNHKの倉庫に全話収録していたテープが見つかって、テレビ放送完全版のDVDが発売されたりもした。
「同棲時代 TBS」と書かれたテープを見て、こういうエピソードが脳裏をかすめたのです。
以前ドラマ化されたという記憶は微かにあったので、ひっかかったのですね。
インターネットで調べたところ、確かにTBSでドラマ化されている。沢田研二・梶芽衣子主演、脚本山田太一という豪華な布陣。しかも沢田研二が本格的に俳優としてデビューした作品です。
自分でテープの内容を確認したかったのですが、ユーマチックという特殊なテープだったので、個人ではどうしようもない。
こういうとき頼りになるのが加藤義彦さんです。以前『お荷物小荷物』のサウンドトラックを紹介したときに触れましたが、加藤さんは昔のテレビ番組に非常に造詣の深いライターで、編集者時代には何度も一緒に仕事をさせてもらったことがあります。彼とは、一緒に『8時だヨ! 全員集合』や久世光彦さんの本を作ったこともあるので、TBSにはパイプもありました。
「とりあえず、テープの中身と、TBSに『同棲時代』のマスターが残っているかどうかを確認しましょう」と、加藤さんも大いに興味を示して下さいました。古いドラマが残っていないことは彼もよく知っているのです。
しばらくして、加藤さんから連絡がありました。双葉社で見つかったテープの中身は確かにドラマ版『同棲時代』だったこと。そのマスターテープはTBSには残っていなかったということでした。
残念ながらマスターテープではなく、テレビ放映を録画したものらしい。画質もそれほどよくはありません。でも、若い沢田研二さんも梶芽衣子さんもとてもきれいで、それだけでも一見の価値はある。今では巨匠となった山田太一さんが原作物をてがけるのもとても珍しいことです。
このテープはTBSで保管したいという希望でしたので、喜んで返却しました。
このドラマ版『同棲時代』を、CSのTBSチャンネル2で放送したいので詳しい話が聞きたいという連絡が来たのは今年の3月のことでした。
テープ発見の経緯が特殊だったので、『同棲時代』のオンエアにあわせてテープ発見のドキュメント番組も作りたいということです。
その打ち合わせの席で聞いたことですが、沢田研二さん自身も、本格的な俳優デビュー作であるこのドラマには愛着があったらしい。当時『女囚さそり』などで、反逆のヒロインとして人気があった梶芽衣子さんも、こういう等身大の役は初めてだったらしく印象的だったらしい。
ただ、なぜこのテープが双葉社に残っていたのか、その謎は未だにわかりません。放送当時、局が出版社にサンプルを渡すようなことはあり得なかった。ユーマチックという業務用のテープだと見られる人間も限られる。誰が何のために送った物なのでしょうか。
それはそれとして、もし自分があの場所にいあわせなかったら、このテープは捨てられていたかもしれない。
そう思うと、ちょっと誇らしい気持ちになると同時に、運命の巡り合わせみたいなものは感じます。
ちなみに、『同棲時代』はTBSチャンネル2で5/25、18:30~と5/26、22:00~。発見秘話は5/25、18:00~他でオンエアされる予定のようです。
他の出版社やその他のみなさんも、あやしい古い業務用ビデオテープが見つかったら、捨てる前に是非中身を確認してみて下さい。
その中には、古いドラマファンが見たいと思っているお宝映像が眠っているかもしれませんから。
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