話を変えましょう。夏風邪がとうとう本格化して、入院? 通院? と迫られているそんな状況で、神戸の僕の美術館のオープニングもドクターストップがかかりました。夏休み返上だったので丁度いいか、と身体の状態に従います。頭に従うとロクなことないです。脳を肉体に従わせるために「肉体の脳化」と呼ぶことにしました。世間に合わせるのはほどほどに、お遊び程度にして、自分の肉体を自分の主治医に迎えようと思います。でもこの主治医が頼りないので、本物の主治医が必要です。肉体のパートによってそれぞれの複数の主治医にお世話になっています。
でも一番確かな主治医はぼくの場合、絵を描くことで、身体状況がわかります。絵を描いて病気になり、絵を描いて病気を治すそんな治療法というか養生法です。このところ入院をしていないので、病院内で描く絵がしばらくとだえています。今回も入院して絵を描こうかなとも考えたのですが、無理をしないよう、中止したので病院画はなしです。
セトウチさんの絵が描けたらメールして下さい。素人は何をしでかすかわからないので、怖いんです。驚くよーな絵を描かれたらその時はくさします。今から、体温を計って、この辺で一服します。では、さいなら。
■瀬戸内寂聴「大丈夫! 讃辞いただいても絵描には」
ヨコオさんへ寂聴より
いただいたこのお手紙を書いてくれた直後に、やっぱり入院してしまったのね。ホッと安心しました。ヨコオさんにあまり健康がつづくと、かえって私は心配になります。大方半世紀もつづいている二人の友だちつきあいの中で、ヨコオさんは数えきれないほど入院していました。若い頃のヨコオさんは、見るからに繊細で硝子(ガラス)細工の人形みたいな感じがあったので、私は内心、ひそかに、この人は短命だろうと決めていました。その頃、私の天才の定義の第一条件は短命であることだったのです。なぜだか、最初逢った時から、私はあなたの細い躰(からだ)に満ち満ちている天才の匂いをかぎ取ってしまったのです。その頃はイラストレーターとしてすでに有名だったあなたの仕事の力量も人柄の奇抜さも、全く知らなかった私が、なぜあなたの天才を一目で頭から信じてしまったのか不思議と言えば不思議なことです。