映画はジョアンの近くまで行くが、なかなか会うことがかなわない。
寄せては返すコパカバーナの波のように旅人の心は揺れ動き、背景に流れるボサノヴァのメロディーが彼の心情に優しく寄り添う。まるでさざ波が彼の心のひだを撫でるように。
ボサノヴァは人間関係や日常の複雑さを示しているとも知った。リズムやボーカルが微妙にずれ、まるで予定が立たないあやふやな一日を象徴しているかのようだ。でも、ストレスフリーのスローライフにつながるとでもいうような。
簡単に人を寄せつけなかったジョアンのラブソングだが、あくまで個人的な内容ゆえに力がある。彼が27歳で歌った曲が「Chega de Saudade(想いあふれて)」
君なしでは僕はダメなんだ/お願いだ、戻ってきておくれ/僕は生きていけない
君が帰ってきたら/海を泳ぐ魚よりもっと多くのキスをするよ
ほとばしる情熱をクールに歌う。リオの海岸で金持ちの若者たちが女の子たちを眺めながら弾き語りしたのがボサノヴァの起源といわれる。都会生まれの音楽とはそういうものなのだろう。感情の抑制が育ちの良さや知性を醸し出す。今度もう一度番組でジョアンをかけてみよう。
※週刊朝日 2019年9月27日号